第10話
車のエンジン音が聞こえた。母が帰ってきたようだ。家の玄関ドアがガチャガチャし、ドアの閉まる音が聞こえた。母が家の中に入ってきた。
特に帰ってきてすぐに「ただいま」とわざわざ声をかけることはない。この習慣は、私がリビングで過ごさなくなってからなくなった。こちらからも「おかえり」とわざわざ自分の部屋のドアを開け、声をかけることもない。もし、母に急ぎの用があればリビングに行くが、特に用がない時はご飯の用意ができるまで部屋にいる。
母が帰ってきてから基本的には1時間以内でご飯ができる。時間に制限があるとなんとなく頑張れる。母に何の勉強したの?と聞かれた時用にも勉強しようかな。
とりあえず、日本史のテキストを開いてるのでそれをする。やっぱり興味のないものは気が進まない。なんて思っていたが、集中すると30分は早い。
「ごはーーーーん」
と母に呼ばれた。
テキストを閉じ、階段を下りる。
父はまだ帰って来ておらず、母と2人での夕食だ。
母が料理をお皿に移す間に取り皿やお茶を持って行ったりお米をよそったりした。
準備が整い、いただきますと言ってから食べる。
いつもは嫌だが、母から進路の話をしてくれないかと思いながら、気づかれないようにちらちらと母を見る。いつもなら、高い確率でその話をしてくる。私は、将来について話しかけられることが嫌だ。というより何回も同じことを聞いてくるのでイライラする。ささっと自分の分を食べ自分の部屋に行くため、おいしいと思いながら食べることは減った。
「今日のおかずどう?いつもと違う味付けにしてみたんだけど」
母が話しかけてきた。今日に限って別の話題を振ってくる母。
「えっ、あ、おいしいよ」
「よかったーー。この前ごま油が身体にいいって聞いたからさ。ごま油が身体にいいのは知ってたけど改めて聞くと使いたくなちゃって。肌にもいいらしいさ」
またどこからか健康情報を仕入れたらしい。
「今日は何したの?」
脈略なく、話が変わった。
「今日もいつもと変わらないよ」
「ちゃんと勉強しないとだめよ。気がついたらすぐに受験なんだから」
「分かってる」
あーーあ、また勉強って。学校での普通の話をしても勉強しろという話がになるので萎える。
「あっ。お父さんがもうすぐ帰ってくるから早くお風呂に入るなら入りなさいよ」
父のことはそこまで嫌いではないけど早く入れるのに越したことない。でも父親が帰ってくるとますますオープンキャンパスのこと言いにくくなる気がする。うーーん。今の母に言っても地雷を踏みそうな世間しかないが、言うしかない。
「ねぇ、お母さん」
「なに?」
「今日、ポストに大学のパンフレット入っててそこの大学見に行きたいんだけど、いい?」
「えっ、大学?いいけど、どこなの?」
少し驚いたように母が返事をした。
「東京なんだけどさ……」
「えっ!東京?この前は、言ってた大学でいいって言ってたじゃない」
「いや、でも他のところも見てみたいなーーなんて」
おかずを取りながら話をする。
「東京の大学に行かせるお金ないよ、行くならもっと近くでいいじゃない」
こちらの顔を見ず、おかずを取りながらに話してくる。
「本気で行きたいわけじゃなくて、東京の大学ってどんなのかっていう見比べをしたくて」
「本気で行きたいわけじゃないなら行かなくていいんじゃないの」
こちらを見て母は言った。
あーー、やっぱり見切り発車はだめだったか。しかも、本気じゃないと言ってしまった。オープンキャンパスって言えば行けると思ったんだけど。だめだだったか。このままじゃさらに変な地雷を踏んでしまいそうだ。
「そう言っていつも中途半端にするんだから、少しは将来どうしたいのか考えなさい。テスト勉強だっていつも中途半端にして。だから塾行けば?って言ってるのに行かないし。本人がいらないって言ってるからってお父さんは言うけど。東京だって誰かの影響でしょ」
あーー。遅かったか。これは早く食べ終わってお風呂に行かなければ。
「誰の影響でもなく、ただ東京の大学も見て進路を決めたいと思っただけ」
そう言って急いで食べた。もう話さないという意思を込め、口に夕食を詰める。
ご馳走様と告げ、食器を台所へ置きささっとリビングを後にした。
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