第2話 理想と現実

「ぬうぅん!!」


「せりゃぁ!!」


(痛ぇぇぇぇ!!!)


 魔剣と聖剣がぶつかり合うたびに、聖剣を掴む手のひらに凄まじい衝撃が伝わり、もう筋肉痛というか肉離れのような状態の全身の痛みと合わさり骨をきしませる。

 表面にはおくびにも出さない外面の勇者の中で、タケルは悲鳴を上げていた。


「来たれ魔界の炎! 壊滅の黒炎ディストラクションヘル!」


「世界を照らせ、神域の裁炎ゴッドサルベーション!」


(頭が燃えるぅううううう!! 熱いいいいいぃィィ!!)


 巨大な魔法がぶつかり合い熱波が周囲の建物を吹き飛ばしていく。

 超巨大魔法の詠唱破棄、凄まじい魔力不可がタケルの頭脳を加熱させ、熱波による暑さは全身を焼く勢いだが、神具の加護によって火傷一つ無い。ただ、熱さを感じないわけではないのだった……


(死ぬ、早く、倒せ、俺……)


「ここまでやるとはな、フハハハハハ!!

 余の全力、通じぬ存在がおるとは……いいだろう!!

 余はこの戦いで生を満たせばその後は知らぬ!!

 全力の先……、絶望を見せてやるっ!!!」


「ま、魔王の力が……増大していく……!

 俺は勇者、たとえ強大な力でも、真なる勇気で立ち向かう!!」


(ばかばかばか、逃げろ逃げろ、あれはまずい、なんでこうなんだよいつもいつも!!)


 魔王の力が増大する。

 それに合わせ、タケルの身体が光を発して力を増大させていく。

 これが勇者のスキルの一つ『試練に立ち向かうものへの加護チャレンジャー』。肉体と魔力が自己の限界を超えて無理やり引き出されるために、身体や精神への負担は非常に強い。しかも、敵が強大になればなるほどそれに合わせて強化されるために……


「負けないぞ魔王!!」


「勇者タケルーーー!!! 覚悟ぉぉぉ!!!!」


(かgl;かfkl;あgj;klg;あjklっがあああああっ!!!)


 中の人にかかる負荷はとんでもないことになる。



 異世界転移した当初、タケルは本当に幸せだった。

 勇者という称号は彼に圧倒的な力チートを授けてくれ、魔物を軽々と倒し、冒険者登録から最速で出世を重ね、周囲にもてはやされ、良い思いをしたこともたくさんある。

 スキル『神より与えられし試練トラブルメイカー』の性で行く先々で様々な問題が起きるが、それも全て華麗に解決していき、確固たる地位を手に入れ、そして名実ともに勇者という存在になっていった。

 完全に浮かれていた。


 そんな日々が過ぎて、魔王への挑戦が始まった頃から様子が変わっていった。


「勇者様、うちの子が森に迷い込んでしまい」


「勇者様、魔物がうちの畑を」


「勇者様、村に盗賊が」


「勇者様っ!!」「勇者様っ!!」


 毎日毎日クエストトラブル続きの日々で休む暇もないのである。

 そして、その頃に気がついたのがスキル『ブレイブハート』の副作用。

 確かに勇者らしい振る舞いをするし、戦闘面でも素晴らしいサポートをするスキルなのだが、中の人間がどんなに疲弊していても人の頼みは断れずに弱音一つ吐かせてくれない。どんなに満身創痍でも表には出ない、怪我をしても回復魔法で治してしまうために、誰も勇者の心配なんてしてくれなくなっていった。

 もちろんそんな状態だから仲間になってくれた冒険者達も、ついてこれず、常にソロプレイを余儀なくされた。

 孤独に何ヶ月も戦い続けてダンジョンを攻略したりもした。


 そして極めつけは、魔物の力が人間の檻を超えた頃に現れてきた。

 人間の限界、肉体を酷使する『チャレンジャー』が強力に発現してからは本当に地獄だった。

 ブレイブハートによって壊れない精神になってしまっているタケルは、肉体の痛み、頭脳への負担を全て感じているのに、身体や言動は諦めることを知らずに次から次へとトラブルを安請け合いして、そして解決していく。

 神の加護が、タケルにとって猛毒になっていた。


「タケルーゥゥゥゥ!!」


「ガルバザーレーーーェェェェ!!!」


(ゴロジデグレーーーーアババババババババーーーーーー)


 魔王との戦いも最終局面になった。

 限界を超えた力を行使した魔王の全てをかけた一撃と、とっくの昔に限界を超えている勇者から引きずり出された力が交叉する。

 絶対に心が折れない状態で肉体的精神的な拷問を、しかも絶命するほどの拷問を受け続けているタケルは、もう、悲惨な事になっている。


「ぐおおおおおおおおおぉぉぉぉ!!!」


「これでっ!! 終わりだぁ!! 神の裁きっジャッジメント!!」


(終われ終われ終われ終われ終われ終われ終われっ!!)


 光と力が大地を、空を引き裂き、凄まじい光が周囲を飲み込んだ。


「見事……ああ、これが、死か……余は……満足……」


 魔王の身体は黒色の灰へと変化して、空へと消えていった。

 タケルは体中の火傷や骨折が魔法によってジュクジュクと回復していきながらゆっくりと地上へと降りていく。


「終わった」(おわった)


 外と中の言動が一致した。

 二人の戦いによって更地とかした魔王城跡地、この世界の悪の元凶である魔王が今、勇者の手によって滅ぼされ、世界に平和が訪れたのであった。

 全身ボロボロだった勇者の身体は、あっという間に回復していく。

 そして、また強くなる。


「これで、俺の役目も終わりだよな」


 久しぶりに自分の言葉を発しているタケル。最近は弱音と悪態ばかりで自分自身の言葉が外に出ることは少なくなっていた。


「街へ、帰るか」


 平和が訪れれば、超越した魔物との戦いも終わり、忙しくもそれなりにやりがいのある生活に戻ることが出来る。

 タケルの望みはそれだけになっていた。

 そして今、長い戦いの末に、彼の望みは、


[ワールド エクステンシア クリア。 

 ワールドデリートが実行可能です。

 デリーターは次のワールドへ移行してください]


 急に声が頭の中に流れてきた。


 次の瞬間、彼は、知らない大地に立っていた。



 タケルの望みは叶うことはなかった。

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固定クラス【勇者】が完全に呪いとしか思えないんだが 穴の空いた靴下 @yabemodoki

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