固定クラス【勇者】が完全に呪いとしか思えないんだが
穴の空いた靴下
第1話 魔王 VS 勇者
雷鳴が窓を照らし、向かい合う二人の姿を映しだす。
重厚な石畳が少しの隙間もなく敷き詰められ、立ち並ぶ柱は巨大な石材を成功に細工された巨大でありながらも緻密なつくりをしている。
この巨大な空間すべてが造りの良い建築物、調度品で構成されている。
真っ赤な絨毯が長く続き、その先にはこの空間で一番贅沢で威厳のある王座が構えている。
王座の間、そこで二人の人物が向かい合っている。
双方ともに自然体で、見る者にこの二人が今殺し合いをしているようには映らないだろう。
「どうした? かかってこないのか?」
口を開いたのは黒髪の青年。
白を基調とした美しい鎧に身を包み、その手に持つ剣からは美しい光のオーラが揺らめいている。聖剣ヴァルナード。勇者のみが身に着けることのできるその刀剣はどこまでも美しい輝きを放っている。
その瞳は強い意志を感じる輝き、その力強さがやや童顔な顔だちを精悍な青年の印象へと変えている。
「……ぬかしよる。貴様、勇者のくせに悪辣な罠を仕掛けおって」
対する男はかろうじて人型ではあるものの、まがまがしいオーラを放つ黒色の鎧、巨大な体躯、獅子のような頭をした魔人、彼こそがこの世界ラディルストラの魔王その人であった。
手に持つ巨大な剣から放たれる力は、周囲を揺らめかせるほどの力を隠すことなく発している。
巨大な剣をまるで小さな木切れのように軽々と振るうと暗黒の炎が勇者の眼前に放たれた。
勇者は微動だにしない。迫りくる暗黒の炎は突然現れた光の箱に包まれる。
「気が付いていたか、さすが魔王ガルバザーレ」
スッと剣をその箱に向けると、箱はギュンっと炎を飲み込み小さな球体へと姿を変える。
魔王であってもこの糸に拘束されれば簡単に脱出することは出来ずに、勇者の渾身の一撃を喰らっていただろう。
「精霊どもめ、余計な手助けを……」
「敵を作りすぎたんじゃないか?」
「この世界のすべては余のもの、どう扱おうが余の自由!!」
大剣がうなりをあげて石畳に炎を上げながら振り上げられる。
勇者はまともにその剣を受けずに軽く受け流し、炎の軌跡が空間に映し出される。
その光景に、勇者は素直に美しいなと感心した。
同時に自ら持つ剣を振り下ろし、大剣を振り上げた際に生じた僅かな隙間に神速の一撃をねじり込む。
「はっ」
と魔王はその一撃を鼻で笑う。彼の鎧、
何物にも傷つけられることのない無敵の鎧だ。今まで魔王の前に立った者はだれ一人毛傷ほどもつけることが出来なかった……そう、出来なかった。
「がぁっ!? なんだとっ!?」
勇者の一撃が鎧を切り裂き魔王の肩に突き刺さる。
鎧を抜けても魔王自体の身体は金剛石をも超える硬度の被毛が絶望のオーラによって強化された物でその全身を包まれている。たとえ鎧がなくともその守りを抜くものなどほとんどいない。その二重の守りが魔王の絶対の自信になっており、事実、魔王が生まれてから1万5千年誰一人として彼の身体を傷つけるものはいない。
その伝説が、今、一人の人間によって破られるのであった。
「くっ……久方ぶりの痛み……フハハハハハハ!!
悪くない!! 生を感じたぞ勇者!!
褒美を与える、名を名乗れ! 覚えてやる!!」
「光栄だな、世界の支配者たる魔王ガルバザーレ様に名前を憶えていただけるとは!!」
ぎぃんっ!!
剣と剣がぶつかり合って激しい音をたてる。魔剣と聖剣がお互いの存在をかけて鬩ぎ合う。
「俺の名は マサカド タケル!! 異界より呼び出された勇者の称号を持つ者だ!」
「タケル、異界の者であったか!
なるほど、この世の理を外れた力、合点がいったわ!」
巨大な剣が勇者の目の前を掠めていく、魔剣のオーラが勇者を襲うが、白銀の鎧がその禍々しいオーラをはじき返す。
返す勇者の剣を魔王は油断せずにはじき返す。お互いの超越した剣戟が空気を震わせ大地を揺らす。
巨大で重厚な柱や床がまるで飴細工のように破壊されていく。
剣が、魔法が、巨大な王座の間に絶え間なく展開していく。
「さすが魔王! 剣も魔法も隙がない!!」
「はははっ流石勇者!! 我が魔力、力に消し飛ばないだけでも驚愕に値するが、まさかここまでやるとはな!! はははっはっ!!!
いつぶりだこのような気持になるのは! 我が父をこの手にかけた時以来か!!
ああ、これだ……っ!! これが生きているという感覚か!!
勇者よ、感謝する!! お前が余に忘れかけていた生を思い出させた!!」
この空間に世界を飲み込むほどの力の奔流が暴れていた。
巨大な柱、堅牢な床、王座を含め、そこに存在するすべての物質が二人の戦いの衝撃に悲鳴を上げていた。
お互いの一撃がお互いの命に届く致命の一撃。
この世界の頂点同士がぶつかり合っている。
(うおーーーー!! こええよぉぉ……!!)
しかし、勇者の中で悲鳴を上げるものが居た。
(勘弁してくれよ、腕が痛ぇ、足が痛ぇ、頭も割れるようだ……!)
人間の限界をとうに超えている力、それを神具たちが引き出している。魔法の処理も脳が焼けてもおかしくない物を神具の魔法道具たちが無理やり耐えさせている。
勇者の心の声は、表で発している勇敢でそれでいて少しニヒルなイケメン台詞とは乖離が酷い。
これが、
健も、転生当初は完全に浮かれていた。
世の中に大量に溢れる転生モノ物語、実生活に虐げられた者たちが、異世界に転生されるだけで与えられたチートやギフトによって突然英雄、ハーレム、酒池肉林。
あっという間に物語の主人公になっていく。
更に王道の神から勇者なんてクラスを与えられて、それなりに普通のオタクでゲームに漫画、アニメなどもそれなりに嗜む健が舞い上がっても仕方がないと言える。
健は日本ではどこにでもいる普通のサラリーマン、33歳。
年収は320万(額面)色々と引かれた手取りは240万ほど、一月に20万の中で自分の生活全てを維持していくのは、大変だった。
仕事で疲れ切った体で夜は調理する気にもならず、コンビニやスーパーの割引弁当で腹を満たす日々、休日はただただ毎週の労働によって蓄積された疲労をなんとかして回復させる作業でしか無い。彼女なんて作る余裕もなく、友人とも疎遠。
家族との折り合いも悪く10年以上音信不通だった。
職場と小さなアパートの一室を満員電車に詰められて往復する日々。
スマホでやるソシャゲと、アニメや漫画、それに動画を見るだけがほんの少しの毎日、儚いエンターテイメントの全てという状態……
そんな毎日の中で、夜の帰り道、突然、彼の目の前が明るくなった。
気がつけば肉体を離れ、光の玉のような状態に変化している。
(な、なんだこれ、何が……?)
《マサカド タケル。ID:30678567458 デリーター登録。
ロール:勇者 付与しました。》
(はい? 勇者? ID?)
《……マサカドタケル、そなたは選ばれし勇者として世界を救うために呼び出された》
(え、これ、夢? 勇者、世界を救う?)
《理解しやすく言えば、異世界転移物の主人公として選ばれたと思って貰えれば良い。勇者の称号という神の恩寵も与える。世界を救うのだ》
(ま、まじかよ……俺が……!? よっしゃー!!)
《受諾したな。それでは世界を頼むぞ》
(よっしゃ!! 任せとけ! 勇者なんてチートアレば楽勝だろ!
やったぜ、俺の人生始まった!!)
《 まずは、ここからだな。頼んだぞ!》
こんな感じで、浮かれに浮かれて、タケルはその世界に降り立ったのであった……
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