Episode5-3 男心と初夏の空③


「……」


「ここら辺のお店も変わったよね~。……私らが中学の時、何があったっけ?」


「何だったかなぁ……もう忘れちった」


「……」


「なんか、過去のことってどんどん薄れていくよね~」


「それな。諸行無常って感じっスわ」


 楽し気に会話する圭一とあかねを、テナント2つ分ほどの距離を開けて、サングラスをした怪しげな2人組——もちろん玲と六花だ——が尾行している。



 遡ること10分前。



 圭一たちがファミレスを出るのに続いて、玲たちも店を出た。圭一たちが向かった先は、駅前にある大きな商業施設。


 玲はそのまま帰ろうとしたのだが……。


「……先輩、ついていきませんか?」


「えっ」


 と、六花が尾行を申し出たのだった。


「いや、流石に……」


 玲の言葉に被せるように、六花が続ける。


「……私、知りたいんです」


「?」




「普通の高校生が、どうやって生活してるのか……青春ってなんなのか」



 その声音に秘められた切実さに、玲は思わず六花の顔を見た。


 サングラスのせいで表情は読み切れないものの、どこか張り詰めた雰囲気がある。六花は時々——というかしばしば、こんな頑なな雰囲気を出すことを、玲はよく知っていた。


「……分かった。まぁ、迷惑にならなければ大丈夫だろ」


 相手は沢口たちだし、と玲は続ける。




 かくして、玲たちは2人の尾行を始めたのだった……が。


「……なんか、思ってたのと違いますね」


「そう?」


 六花は納得いかない表情を浮かべて、前を歩く圭一たちを眺めていた。


「こう……思ったより地味、といいますか」


「他人様のデートになんてことを」


 尾行したいって言いだしたのアナタでしょ天瀬さん……と玲はジト目を向ける。


 もっとも、相手は圭一なので、べつに六花を咎める気にはならない。


「……そういえば、デートって何するんですかね?」


「なんだろ。一緒に映画観たり、買い物したり、遊園地行ったり、カフェ行ったり?」


「なら——も、デートですか?」


「えっ」


 弾かれたように六花の方を振り向くと、そこにあったのは平然とした横顔。


 これ——つまり、ファミレスで駄弁ったり、尾行したり。あるいはカフェに行ったりゲーセンに行ったり映画を見たりと、玲と六花が放課後にしているようなコト。


 六花は一瞬だけいたずらっぽい視線を玲に向け、またすぐに圭一たちの方を見た。


 玲はいつもの声音を意識して。


「これは……違うんじゃないか?」


デートは目的ではなく、あくまでお互いをよく知るための手段だ。


 だとするなら、玲と六花のこれはデートではないだろう。玲と六花が放課後に遊びに行くのは、相手を知るためというよりも「青春」の何たるかを知るためだ。


 他の高校生がそうしているから、放課後に遊びに行っているだけ。


 行動の理由が相手の理解ではないから、デートとは言えない……と玲は思う。


「そうですか」


 六花は短く言うと、ぱっと破顔する。


「あ、双海先輩楽器屋さんに入っていきましたよ! 私たちも行きましょう!」


「お、おう」


 急激なテンションの変化に驚きながらも、玲は六花に引かれて楽器屋へと入る。


 デパートの中の楽器屋とはいえ品揃えは豊富で、軽音で使われる楽器以外に吹奏楽で使われるような楽器もある。


 ギターの小物を眺める圭一たちを尻目に、六花はアコギを眺めていた。


「音楽に興味あるの?」


「うーん。憧れはあるんですけどね……」


 ちょっと敷居が高くて、と小さく笑う六花。


「やってみたら良いんじゃないか? そこまで手が届かない値段でもなさそうだし」


 プライスを見ると、初心者セット二万円と書いてある。モノの良し悪しは分からないが、手慰みにやってみるには高くない値段だと玲は思う。


「……普通に高くないですか」


 と目を細くする六花。


「そう?」


「二万円ですよ。にまんえん。……たまに思いますけど、双海先輩って金銭感覚アレですよね」


「えぇ?」


 そうかなぁと玲は自分自身の身を省みる。


 一人暮らしだが、家は持ち家(師匠が買った家だ)で家賃は不要。師匠の戦死補償金で口座にはかなり余裕があるものの、あまり手を付けたくないため、生活費はバイトで賄っている。なので、そこまで趣味に回すお金に余裕はないはずだが……。


「……まぁ、バイトすると金銭感覚こうなるかな」


 玲はもっともらしい説明をして話題を切り上げる。


「いやぁ、オレもバンドやってみたいんだよな~。何が似合うと思う?」


「うーん……? ベース……?」


「ベースかぁ」


 ベーシストが一般にどう思われているかは考えないようにして、とりあえずベース初心者セットの値段を見る。お値段はギターよりも高く、三万円だった。


「……さんまんかぁ」


「あ、三万円だとちゃんと高いって思うんですね」


「もしかしたら、あんまりベースに興味ないからそう思うのかも」


 ギターはなんとなく「弾けたら楽しそうだなぁ」と思うが、ベースにはあまり魅力を感じない。バンドを組めば楽しいのだろうが、ひとりでベースを弾くとなると、なんとなくシュールな気がしてしまう。


 六花は「そのうち一緒に始めましょうか」と冗談めかして言って、視線を圭一たちの方へと移した。


「……あの二人、バンドやってるんですよね」


「だな。男の方はプロデビューが決まったらしい」


「えっ⁉ すごい」


「だろ? んで、バンドがどうかした?」


「いや、ただ……バンド内恋愛って大変そうだなって」


「あぁ、圭一とあかね……あの二人はそれぞれ別のバンドだよ」


「あ、そうなんですか? てっきり……」


「はは、仲いいからなぁ。中学からの馴染みらしいよ」


「へぇ……でも、そんな相手と——長く一緒にいる仲のいい相手と恋愛するのって、大変そうですよね」


「そうだよなぁ」


 長く一緒にいる親友のような相手に対して、わざわざ今の関係を無くすリスクを背負ってまで告白するというのは、想像するだけで大変そうだ。好きな人と親友を一挙に失うリスクはあまりにも大きすぎる。


「そう? 意外となんとかなるものよ?」


「……なんでここにいるんですか」


 ふわりと香ったフローラルと、その奥に感じるタールの存在。


 玲が振り向いた先にいたのは、稲野紗香だった。


「あれ、せ、先生⁉」


「こんにちは。どう? 双海さんと楽しくやれてる?」


「は、はい。おかげさまで……」


 学校外で教師と会うのに慣れないのか、気まずそうに答える六花。


 玲は六花と紗香の間に割り込むようにして、言葉を継いだ。


「で、なんでここにいるんすか……」


 紗香はにぱっと笑って。


「青春の気配を感じたから、尾行しちゃった♡」


「き、教師……」


 とドン引きする六花。


「世も末だぁ……」


 什器を二台挟んだ向こうでは、圭一たちがギターのストラップを選んでいる。肩を触れ合わせながら商品を選ぶ様子は、傍から見れば恋人同士にしか見えない。


「……学校でもいちゃついてる生徒は沢山見れるでしょ。なんで尾行してるんすか」


「え? そりゃ放課後デートを尾行することで思春期特有の精神活動に対する理解を深め、もっと生徒の心に寄り添った指導をするためよ?」


「へ、へぇ……!」


 六花は感心したのか、紗香に尊敬の眼差しを向ける。


「信じちゃダメだぞ天瀬さん。どうせ嘘だ」


「えっ?」


「正解。嘘よ。本当は……青春汁を吸って若返りたいだけ」


「えっ……えぇ……?」


「青春汁なんて学校でいくらでも吸ってるじゃないすか」


「まだ足りないの……高校生になるためには、もっともっと青春汁を啜らないと……」


「発言がヴィラン過ぎる」


「——私の青春は、まだ終わっちゃいないのよ……!」


「教師が情けないランボーみたいなこと言うんじゃない」


「……ふふっ」


 玲と紗香の応酬に小さく噴き出した六花。


 紗香はその表情を見て、軽く安堵したように表情を崩した。


「ま、本当の本当は、ドラムのスティック買いに来ただけなんだけど」


「えっ、稲野先生、ドラム出来るんですか?」


 聞いたのは六花だ。六花の質問が珍しかったのか、紗香は小さく目を開いて。


「そ。学部生のときにちょっとだけね」


「へぇ……その、カッコいいですね」


「そう? ありが——あら?」


 紗香が指さした先を見ると、圭一たちが店を出ていくところだった。


「……追いましょうか」


 言って、紗香はサングラスを取り出す。


「なんで持ってるんすか」


「私、車通勤なのよ。海沿い走る時は眩しくってね」


「本当は?」


「……すっぴんのまま登校してお手洗いでメイクするまで、バレないように……」


「……わ、わぁ、」


「…………社会人って大変なんスね」




 たまには嘘を嘘のままそっとしておいてあげようと思う双海なのであった。



・・・



 デパートを出ると、日暮れを迎えて青みがかったビル群が玲たちを迎えた。


 駅前のペデストリアンデッキ(空中遊歩道)に落ちるビル群の陰と、ぽつぽつと点き始めた幹線道路の街路灯。ひと足先に夕暮れに沈んだ眼下の道路では、高層ビルの窓ガラスが落とす残照がちろちろと水面のように揺らいでいる。


「日も長くなったよね~」


「だなぁ。もう六時なんて信じられないわ」


「ふふ、そうだね」


「……もう沢口と会ってから、五年になるんだね」


「もうそんなか。あっという間だなぁ」


(……)


(……)


(…………)


 駅に向かって歩く圭一とあかねの数メートル後ろを、ぴったりと張り付いて歩くサングラス三人組。


 これだけ目立っていれば圭一たちにすぐに見つかりそうだが、帰宅ラッシュの人混みは玲たちの装いに動じることなく、玲たちの姿を十分に隠してくれている。


「……今日はもう帰っちゃうんですかね」


「うーん、どうだろうな……」


「なんかじれったくなってきたわね……ウイスキーボンボン買ってこようかしら」


「大人が高校生の恋愛に介入するんじゃありません」


「……稲野先生は、そ、その、彼氏さんいたことあるんですか?」


「私? ……天瀬さんは、どっちだと思う?」


「えっ…と、いた……と思います。先生、美人なので」


「——1学期の成績、楽しみにしといてね♪」


「んで、結局いたんですか? 彼氏」


「…………1学期の成績、楽しみにしといてね♡」


「横暴すぎる」


 などと軽口を叩きながら歩くことしばし。


 圭一たちが小さな公園のベンチに座ったので、玲たちはフェンスと植木越しに待機する。


「……もう、2年生だね」

「そうだな」


 圭一とあかねは、どことなく地に足の付かない会話を続けている。


 特に目的があるわけでもない、その場その場で思いついたことを話すだけの会話。短いセンテンスが交わされては会話が途切れる。


「沢口は、進路どうするの?」


「……悩み中。大学に行くのは経済的に難しいかな。家を継ぐのが濃厚」


 行けるとしたら専門かな、と圭一は続ける。


「そっか。……私も、専門にしよっかな」


「……そっか」


「特にプロになりたいとかじゃないんだけどね。……沢口見てたら、ちゃんと頑張ってみたいなって、思うようになって」


「うん」


「……」


「……」


「…………」


「…………」


 玲たちはじれったさを感じつつも、固唾をのんで圭一たちを見守る。


 先ほどまで西の空を照らしていた陽は完全に沈み、次第に濃藍の帳が下りてくる。ジジ、と小さく音を立てて点いた電灯が圭一たちの座るベンチを照らし、彼らの足元にいっそう濃い影を落とした。


「……あのね、沢口。これまでずっと告白してくれて、ありがとう」


 あかねは意を決したように顔を上げて、言葉を継ぐ。






「私、沢口のこと、好きになったよ。もしよかったら、彼女に——」






「——————————————————————————————————————————————————————————————————————————————————————ぁ、」




 圭一はあかねの言葉に息を詰まらせ——。
















「———————ごめ、ん……」


 







——と、そう言ったのだった。






続く。


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