Episode5-1 男心と初夏の空①
「高校二年生の
悩んだ双海は、親友であり、新進気鋭のインディーズバンド(近日デビュー予定)のギターを務めるバンドマンでもあるナイスガイ・KEIICHI SAWAGUCHIに相談する。
KEIICHI SAWAGUCHIの的確かつあまりにも有能なアドバイスによって双海玲は背中を押され、悩みが消え海は割れ大地は拓かれ空は晴れ渡った。そして宇宙が生まれた。
さぁ走れ双海! すべては後輩との嬉し恥ずかし青春学園生活(アオハル)のために!(第二話)
映画館デートに行き、少しだけ距離が縮まった双海と天瀬。帰り際には天瀬さんと連絡先を交換し、今度はファミレスに行く約束をしたのだった。いいなぁ。(※第三話)
ファミレスとゲーセンに行った双海と天瀬さん。ゲーセンでテンションの上がった天瀬さんは、明るくて積極的な本当のじぶんを玲に見せ始める。
他のクラスメイトは知らない【本当の天瀬さん】を知った玲は優越感を抱くと共に、
「彼女のためを思うなら、天瀬さんが他のひとにも本当の自分を見せれるようにするべきなんじゃないのか?」
「そうするためには、学年の違う自分とばかり関わっていてはいけないんじゃないか」
「オレは天瀬さんが楽しい学校生活を送るうえで、邪魔になってしまうんじゃないのか」
と不安を抱くのだった。
付き合ってもないのに付き合う前提で話を進めて無限に悩みを生成するもその実は自分の臆病を隠すためで相手を言い訳にして自己防衛に走りかける自意識過剰な思春期男子中学生さながらの双海!
そんな想いを悟ったKEIICHI SAWAGUCHIは、見るに見かねて友人の背中を押すために立ち上がるのであった——。まる。(※第四話)」
「丁寧なあらすじありがとう沢口。出番は終わりだ。帰っていいぞ」
「ウス——とでも言うと思ったか!
いやだ! 気弱な後輩が自分にだけ心を開いてくれるシチュエーションを獲得したうえに、二人で花火大会に行くことになるには前世でどんな得を積めばいいのか、教えてくれるまで帰らない!」
「普通に現世で得積め」
「ちくしょう! もうおうちに帰る!」
「帰れ」
圭一は帰った。
・・・
六花とゲームセンターに行ってから、早ひと月。
どんよりとした空模様とは打って変わって、中間テストが終わった直後の教室には開放的な空気が満ちていた。
が、玲の後ろに座る速水あかねの顔には、崩れた空模様そのものの表情が張り付いている。
「白目。白目剥いてるよ速水さん……大丈夫?」
「…………湿気、無理、死」
「さ、さようで」
あかねは毛先を掌で握りつぶすように梳(と)かし、分厚い雲を揺らせそうな大きなため息を吐いた。
「はぁ~~~~~~~~~~~~~~~ぁ。6月萎えるよね……。毛纏まらなすぎ……」
「大変だね」
「……双海さん、普段どんなヘアオイル使ってる?」
「えっ」
「えっ、」
意外そうな顔をするあかね。
なんだか申し訳ない気持ちになって、玲は目を逸らしながら応えた。
「あ、うん……使ってない……」
「ヘアオイルなしでその髪……今度、おすすめのやつ貸そうか? 6月の湿気には無力だけど」
「気持ちは嬉しいけど、遠慮しとく」
「そっか。使ってみたくなったら言ってね」
からっと笑って、あかねは再び毛先をいじり始める。
毛先を見つめる瞳はどことなく恨めしそうだ。そんな彼女の瞼の上にほんのりと朱が差してあるのに気付いて、玲はぽつりとこぼす。
「……やっぱ、お化粧とかした方が友達できやすいのかな」
「? 別に関係ないんじゃない?」
急にどしたの、と言外に問われて、玲は慌てて頭を振る。
「そ、そうだよな! いや、その、知り合いの女の子がさ、高校に入学したんだけど……話しかけられないというか、なかなか友達ができないっぽくて」
……自分は何を話しているんだろう、と玲は内心で申し訳なくなった。
着地点を見失いつつある無軌道な話の相手をしてくれるあかねにも、意図せずとはいえ会話のネタにされてしまった六花にも。
こんな話をしてしまった後悔の念を振り切るように、玲は作り笑いを浮かべて。
「だから、速水さんみたいにメイクしたら、友達いっぱいできるのかなって。それだけ」
この会話はここで終わり、と語尾の調子で伝えて、玲は別の話題を継ごうとして。
「——だったら、コンセプトを考えるのが良いんじゃないかな」
「へ?」
あかねの真剣味を帯びた言葉に、意識を引き戻される。
「ほら、話しかけようと思ってもさ、どんな人か分からないと話しかけづらいじゃん?」
「そうだな」
「だから、自分のコンセプト……たとえば、私だったら【バンドやってる女子】みたいな感じの。そういう、方向性みたいなのを分かりやすくすると、他の人も話しかけやすいんじゃないかな。メイクよりも、まずはそっちの方が良いと思う」
あかねと玲はぐるりと教室を見渡す。
教室の隅でスマホゲームに興じている野球部たち、スマホでバスケの試合を見ているバスケ部の男子、本を読んでいる文化部の女子に、机を囲んで動画を取っているクラスの一軍女子。
確かに、その人がどんな人なのかが明快だと話しかけやすそうだ。話しかける時の予備動作というか、心構えを作りやすそうな感じがする。
「……なるほど。参考になる」
「ちなみに、私が思う双海さんのコンセプトは【近寄り難いけど特に近寄りすぎる必要も感じない、たまに話すのにちょうどいいラインのイケメン】ね」
「褒めてる? 貶してない?」
「褒めてるほめてる」
ホントかぁ? と疑念の視線をあかねに送っていると、その向こうから現れたのは。
「呼んだ?」
「呼んでねえが?」
何やらウキウキ顔の圭一だった。
「え、でも今
「イケメンなのは双海さん。沢口は……。うん…………ね?」
「わぁ~、察しの文化のやさしさを感じるぜ~」
あかねに憐れみの視線を注がれた圭一が大げさに肩を落とす。
肩を落としながらも、まんざらでもなさそうなニヤつきを隠さない彼に玲は内心でちょっと引いた。
「沢口のコンセプト……ってなんだろ。速水さん思いつく?」
「へ? こんせぷと?」
と間抜けな声を出す圭一。
どうやら話を聞いていたわけではないらしい。
……だとしたら、本当にカクテルパーティー効果で「イケメン」のフレーズに反応したことになる。玲は内心でますます引いた。
そんな圭一にも臆さず、あかねは笑って。
「う~ん。【軽薄おちゃらけバンドマン】かな!」
「へ? 何? 何の話?」
「コンセプト……というかキャッチコピーというか、《キャラクター》というか。その人がどんな人なのか分かりやすいと、友達も出来そうだよな、って話」
「ほうほう、それで——軽薄おちゃらけバンドマン……」
いまいち得心していないような圭一を見かねたのか、あかねが続ける。
「つまりフレンドリーで面白い人って意味だよ」
「! そっかぁ!」
一片の曇りもない笑顔をあかねに向ける圭一。
ちなみに女子の言う「面白い人」とは「観賞用として楽しめる人間(笑)」なので、間違っても勝手に「一緒に居て楽しい相手」と脳内変換してはいけない。
一度脳内変換したが最後、雪だるま式に妄想は膨れ上がり、いつしか捏造された恋人との日々が脳内を駆け巡るようになる。
そして「この子は俺のコトが好きなんだ」と胡坐をかいているうちに相手に恋人ができ、瞬く間に脳は灼かれる。諸行無常である。
「へへ、そっかぁ……面白い人かぁ……へへっ……ふへへ……」
だらしなく表情を溶かす圭一に見かねて、玲が言う。
「その辺にしとけよ沢口。エンターテイナーと笑いものは紙一重だぞ」
「——お、おぉぅ。すごい身に染みる表現……」
「あ、それすごい分かるかも。沢口って、けっこう自分を蔑ろにして笑いを取り
に行こうとするクセあるよね」
「うっ、心あたり……」
胸を押える圭一に、あかねは心配そうな面持ちで、
「なんていうのかな、減算の笑いっていうか、嘲笑も笑いのうちって思ってそう」
と、ズバッと一太刀浴びせた。
「……ハイ。そうです」
「もっとさ、笑いの取り方にプライド持った方がいいと思うな」
まぁ、沢口の笑わせ方に甘えてる私が
「そうは言ってもさ、やっぱ、軽んじられてた方がコミュニケーションしやすいじゃん? 相手もツッコむときに躊躇わなくていいだろうし」
「……うーむ。いやまぁ、そうなんだよな……」
これまでの玲と圭一のコミュニケーションを省みると、その実、圭一に助けられていた部分が大きい。
だから、圭一の自分を蔑ろにするコミュニケーションスタイルの成功例であるところの自分には、彼をどうこう言う資格はない、と玲は思う。
「……でも、私はやっぱり、沢口の笑いの取り方好きじゃないかな」
「ウス。やめます。すぐに、フロム・ナウ・オン!」
「そういうところ」
「…………うん、分かった」
あかねから窘められて、圭一はきまり悪そうな笑みを浮かべる。
「それでよし! せっかくデビュー決まったんだから、ちゃんと持続可能なキャラクター作って行った方が良いと思うよ」
「あれ、結局デビューすることになったんだ?」
インディーズのレーベルから声が掛かった、とは聞いていたが、デビューが確定していたのは初耳だった。
「そうそう。ちっちゃなレーベルだけど、色んな面白いバンドを抱えてるところでさ。アングラな感じが良いんだよ」
「あ、あんぐら……?」
「アンダーグラウンド、の略ね。個性が強くて、売れ筋とは違う感じってこと」
補足したのはあかねだ。
「なるほど。流石バンド女子、詳しい」
「ふふ、これでも沢口の師匠だからね」
「マジでその説は世話になりました!」
「……?」
疑問符を浮かべる玲に、圭一は懐かしむような表情を浮かべて続ける。
「俺、中学まではバンドとか全ッ然興味がなかったんだけどさ、速水さんにおすすめ教えてもらってからドハマりして、それから自分でも楽器始めたんだよ」
「なるほど、それで」
「そ。まぁ、いつのまにか追い越されちゃ——あれ? 双海さん、あの子」
「ん?」
言われて、廊下の方を見ると、
(じ———っ)
と効果音がつきそうなほど、玲の方をじっと見つめる六花の姿がそこにはあった。
「あ、あれ⁉ 天瀬さん?」
(じーっ)
「たまに双海さんと一緒に帰ってる子だよね? どしたんだろ」
(じーーっ)
「え、後輩が教室に迎えに来てくれんの、なにそれ、いいな」
「沢口は黙ってようね」
「ウス」
(じーーーっ)
「……あー、悪い、ちょっと行ってくる」
玲は席を立って、六花の方へと向かう。
もうSHRが終わったのだろう、六花はスクールバッグを持っており、帰り際に玲を呼ぶために教室に立ち寄った、といった様子だ。
「双海先輩、さっきライン送っちゃったんですけど……今日は一緒に帰れますか?」
「あー、ごめん天瀬さん、オレの学年、これから進路ガイダンスあってさ」
「……そうですか、」
「うん、ごめんね。また明日一緒に帰ろうか」
「……」
六花はしばし逡巡してから、ためらいがちに玲を見上げて。
「……あの、双海先輩のご迷惑じゃなければ、待っててもいいですか」
「えっ⁉」
普段の六花ならここですんなり退くはずなのに、と六花を改めて見ると、彼女の表情にはこれまでに見たことのない頑なさが見え隠れしていた。いっそ不満げと言ってもいい。
「いや、いい、けど……一時間もあるよ?」
「図書室で待つので、大丈夫です」
「う~ん……わかった。帰りたくなったら帰って良いからね」
せっかくのテスト明けの放課後の一時間を無駄にさせるのも忍びないが、六花がそうしたいというなら、そうさせてあげるべきだろう。
「はい。じゃあ、待ってますね」
言って、六花は図書館へと向かっていった。
席に戻ると。
「…………」
「…………」
「……えっ、どうしたの君たち」
圭一とあかねが互いに黙りこくったまま俯いていた。
「い、いや? ななな、なんでもないよ?」
「そ、そうだぜ! なんでもないぜ!」
「…………あぇっ」
二人の慌て具合と、ほんのり色づいた頬。玲は内心で「そういうことか~」と呟いた。
玲はそれ以上踏み込むことはせず、進路ガイダンスが始まるまで何気ない会話をしたのだった。
(Episode5-2に続く)
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