Episode4-3 放課後少女とロンリーガール③


 その後もクレーンゲームに挑戦したり、太鼓型リズムゲームに興じたり、エアホッケーで対戦したり――ゲームセンターを遊びつくす玲たち。


 六花が目を輝かせながらやりたいものを指差して、玲がそれに付き合う。いつもは自信なさげな六花の積極性が嬉しくて、玲はついつい彼女に振り回されてしまうのだった。


 玲の袖を引きながら、声を弾ませた六花が一台の筐体を指差した。


「双海先輩! あれやりましょうよ!」


「ん~? あれ……げっ」


 そこにあったのは、一台の箱型筐体——ゾンビゲームの筐体だった。ジープを模した箱の内部にイスや銃、モニターがあり、

個室のようになっている。


「えぇ……これやるの?」


「やりましょう!」


「あー! あっちにクイズマジックアカデミーある~! あれ面白いよ。あれやろうよ」


「すべてを終わらせたら一緒にやりましょう、クイズゲーム」


「なんか悲壮な覚悟キメてる……」


 戦士の背中がカーテンの向こうに消え、玲は嘆息して後を追った。


「……お~。こうなってるんだ」


「双海先輩はこういうゲーム初めてですか?」


「ゾンビは初めてかな……シューティングゲーム自体はやったことあるよ」


 目の前に置いてある銃型コントローラーを手に取り、カチカチと操作してみせる。


「ふむふむ」


 玲がコインを投入すると、モニターにイントロのストーリーパートが表示された。


 生物兵器の研究所が何者かに襲撃され、そこで研究していたウイルスが漏出。研究所員たちがゾンビと化してしまった。


 主人公は生存者救出作戦の依頼を受けて、研究所へと突入する……ありふれた生物災害モノ。


「……ゾンビもの、好きなの?」


 食い入るようにモニターを見つめていた六花に、思わず聞いてみた。六花の綺麗な顔立ちは、とてもゾンビの血なまぐささとは結び付かない。


「……え? あ、いえ、別に」


「えぇ……」


 なら、なんでゾンビゲームにこだわってるんだ……とジト目を向ける玲。


 玲は怖いモノが苦手だ。よっぽどの目的でもない限り、ホラー映画もパニック映画も見ないくらいに苦手で、ホラーゲームなんてもってのほか。


 だから、正直なところ、これが六花の誘いじゃなかったら固辞していた。


 そんな玲の方を向いた六花は、ごく自然な笑みを浮かべて。



「別に好きじゃないですけど——双海先輩とやるなら、楽しそうかなって」

 


「——っ」


 その言葉に、不覚にもときめいてしまった。


 玲の硬直を感じ取ったのだろう、六花はあわてて付け加える。


「あ、べ、別に深い意味はないんですよ? ほら、先週見た映画でガンアクションありましたし、こういうの一緒に楽しめるのは、双海先輩かなぁって」


「お、おお、うん、……ありがとう」


「……」


「……」


「……その、双海先輩」


「う、うん?」


 六花はふっ、と表情を優しくして、玲に向き直った。


「——いろいろと、ありがとうございます」


 鼻腔をくすぐる甘い香り。濡れた瞳と揺れる睫毛、微かに触れ合う脚から伝わる、自分ではない誰か六花の体温——すべてがちょうど良く、玲の胸の奥を埋めていく。


 六花の言葉に応えるように、玲も破顔する。


「……ううん。こちらこそ。天瀬さんと遊べて楽しいよ。ありがとう」


「……あはは、なんか照れちゃいますね」


 そう言って笑う六花の表情に、これまでのような緊張はない。


 背伸びしているわけでもなく、ゲームセンターという環境に浮足立っているでもない、ごく自然で、ニュートラルな雰囲気。


 ふと。


 玲は自分のなかに、渇きを意識した。

 凶暴で、鮮烈で、無秩序で、感情的で、自滅的なその渇望を意識した瞬間、玲はたまらなく怖くなった。慌てて六花から視線を外し、モニターを見――




 肉塊。


 肉塊、肉塊、肉塊、肉塊肉塊肉塊肉塊肉塊肉塊————


 腐敗してなお眼球を炯々と光らせるゾンビの群れが、視界を埋め尽くしていた。

 


「ぎぃぃゃぁぁあぁぁぁああああああああああああああああああああ⁉」


「うわぁァァァアアアああああああああああァァッ——————」



——ダンダンダンダンダンダンダンダンダン!


 都合、九発。


 玲は目にも止まらぬ速度で迫りくるゾンビたちの頭部を射抜き、彼らを物言わぬナニカへと変貌させた。


「——」


 完全に意識を画面外に向けていた状態から、瞬く間にスライドを引き切り初弾装填。即座に照準を合わせ、寸分の狂い無く急所を狙って撃発するまで、約〇・五秒。


 そのさらに一秒後には、ジープ目前まで迫っていたゾンビの第一波を全滅させていた。


「——お、ぉ?」


「……す、すすすすごい! 双海先輩すごい!」


 若干ガクガク震えながら、玲に無邪気な賞賛の眼差しを向ける六花。


 恐怖で指ひとつ動かせなかった六花にとって、敵を蹴散らした玲はまさにアクション映画の主人公そのものだ。


 玲はというと、自分が掃討した事実に釈然としない顔をしながらも、投げかけられる賞賛の声に悪い気はしないのだった。


「双海先輩、銃使ったことあるんですか⁉」


「え、いや全くない……あ、でもエアガンは触ったことあるかも。くじ引きとか射的で取れるやつ」


「それだけで……才能ですね! あっ、次が来ますよ! 先輩は左を!」


「わ、わかった!」


 玲と六花は一心不乱にトリガーを引き、どんどんゾンビを倒していった。


 しばらくゾンビを倒し続けたのち、ついに研究施設の中枢部へとたどり着く玲たち。


 そこには、ひとりの男が立っていた。


『私は世界を救う! あの娘一人救えなかった世界を! このウイルスで強化された超常の軍隊によって! 今度こそ! 救ってみせるのだ!』


 そう叫ぶと、男は注射器を自らの首に突き立てた。みるみるうちにシリンダー内の液体が注入されていき、それと同時に男の全身が変化して、ついに異形の存在になってしまった。


「おお、けっこうグロテスクだな……」


 そんな感想を漏らす玲。腕が何本も生えた蜘蛛のような存在は、むしろクリーチャー的な雰囲気がある分、ゾンビよりも怖くなかった。


 一方、六花は。


「————」


 先ほどとは打って変わって、心ここにあらずといった様子だ。銃口がそもそも敵を向いていない。


 玲は六花の様子を怪訝に思いながら、視線を戻すと。


「あっ、やべ! 天瀬さん!」


「へっ?」


 時すでに遅し。玲が防ぎ損ねた敵の攻撃が二人を直撃した。それが致命傷になり、ゲームオーバーになってしまった。


「だーっ、おしかったな~」


「そ、そうですね。……でも、楽しかったです!」


「うん、オレも。たまにはこういうのも良いね」


 ちなみに、玲ひとりだったら絶対にリピートしない自信がある。


 こういうゲームは、隣でリアクションしてくれる六花がいてこそだ。むしろ、次からは六花のリアクションを楽しむためにこのゲームをやるまである。


 六花は気を取り直すようにぐっと伸びをしてから、玲の方を向いて。


「じゃあ、ゾンビゲームに付き合ってもらったことですし、やりますか! クイズのやつ!」

 


 ・・・

 


 楽しい時間はあっという間に過ぎていく。


 クイズゲームをプレイしてから外に出ると、辺りはすっかり暗くなっていた。


 初夏も終わりに差し掛かり、頬を撫でる夜風はしっとりとしている。もうすぐ夏だ。


「あ、双海先輩。これ見てください、これ」


「ん?」


 六花がちょいと玲の袖を引っ張って、指差したのは駅構内のサイネージ。


 夜空に咲く大輪の花が目を引く広告は、再来月(七月)の花火大会のものだった。


「へぇ……そっか、もうそんな時期か」


「双海先輩は、花火大会に行ったことありますか?」


「あるよ。天瀬さんは?」


「うーん……盆踊りのおまけのやつなら……」


 難しそうな顔をして唸る六花。どうやら盆踊りのおまけ程度の花火を、花火大会とは言いたくないらしい。


「花火大会かぁ——そういや、しばらく行ってないなぁ」


 ふと、懐かしそうに目を細める玲。


 師匠が戦争に行ってから、玲はめっきり催し事に出向かなくなってしまった。昔は——師匠がいた時は、縁日や花火大会の度に一緒に行っていたのに。


 そんな玲の意識を、銀鈴が揺れるような声が引き戻す。




「じゃあ、その……一緒に行きませんか? 花火」

 



 まだ恥ずかしいのか、玲の表情を盗み見るように首をかしげる六花。俯き加減から繰り出される不安げな視線に、玲はたちまち後ずさった。


「も、もちろんいいけど……」


「やった!」


 ぱぁっと表情が華やぐ六花を見て、つられて玲も破顔する。


 六花がこんなに豊かな表情を見せる子だとは思っていなかった。普段はあまり見せない表情や積極性を、玲にだけ——だけ、というのは思い上がりかもしれないが——見せてくれるのは、かなり嬉しい。


 しかし。


「……その、大丈夫? 友達と行く予定できるんじゃない?」


「大丈夫ですよ!」


 と無邪気に応える六花。


 玲は嬉しいような申し訳ないような気持になる。


 もちろん誘ってもらえるのは嬉しいのだが——玲はあくまで先輩。六花よりも早く学校を卒業する身だ。それに、在学中も放課後にしか六花に会うタイミングがない。


 玲以外にも学校で話せる友達を作った方が、六花の高校生活は豊かになるんじゃないのか? 

 彼女がしてみたいと言う「青春」のためには、同級生の友達と花火大会に行った方が良いんじゃないか……?


 そんな玲の迷いに気付かない様子で、六花は声を弾ませた。


「楽しみですね、花火大会!」


「……あぁ、そうだな。その前にテストだけど」


「……楽しみですね、花火大会!」


「黙殺。ナチュラルすぎる黙殺」


「ふふ……あっ!」


「ん?」


「プリクラ、取り忘れました……」


「……あ~」


 そういえば、すっかり忘れていた。戻ろうか、と聞こうとして。


「——まぁ、来たときに撮りましょう!」


「——はは、うん。そうだな」


 玲は笑って、小さく頭を振った。

誰と関わることが六花にとって一番良いことかなんて、ここで考えても詮無いことだ。


 玲には六花をまだ知らなさすぎるし、そもそも玲自身、誰かの心を推し測れるほど、想像力を持っているわけではない。



 今はただ、六花が楽しいと思えることを一緒にしてみたい——。


 そんな思いを胸に、玲は六花と改札を通るのだった。





 つづく。

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