Episode4-2 放課後少女とロンリーガール②


 双海玲に、親はいない。


 両親は玲が幼い時に、飛行機事故で亡くなったのだ。


 その飛行機事故には玲も巻き込まれたが、奇跡的に生還。その後は《師匠》もとい、イギリス系アメリカ人の元軍人と暮らしていた。ちなみに、なぜ《師匠》と暮らすことになったのか、玲も正直覚えていない。


 そんな《師匠》も昨年に戦死し——平穏な日々につい忘れそうになるが、この世界は戦争状態にあるのだ——玲の家族は、だれもいなくなってしまった。

 だから、玲が人と関わるのは、学校かバイト先(圭一の実家だ)でだけ。

《師匠》が亡くなってから他人とプライベートで遊ぶこともなくなり、ますますその傾向は強まっていた。


 ……つい先日までは。



「……これが、」


「うん、フォッカチオ」


「霜波立にはない、ですね……」


「むしろサ○ゼ以外ではあんまり見ないかも」


 静かに目を輝かせる六花を眺めながら、玲は口の端を緩める。


 先週の映画館デート(仮)の帰り際の約束通り、玲と六花は某格安ファミレスチェーン店に来ていた。


 テーブルの上には、ドリンクバーから持ってきたメロンソーダとジンジャーエール。そしてフォッカチオとピザが並べられている。


「プチフォッカにドリンクバーを付ければ、だいたい三時間は粘れる」


「へぇ……」


 六花にとって、これが初めてのファミレス体験らしい。


 興味深そうにフォッカチオを眺める六花に促し、玲もひとつつまんだ。


「い、いただきます――ん、」


 ぱく、と小さくかじりついた六花が、不思議そうな表情を浮かべる。


「……?」


「ちょっと甘めのピザ生地みたいな感じだよな」


 玲は小さく笑って、フォッカチオをぱくついた。


 噛む度に素朴な甘さが口の中に広がり、これはこれで味わい深い。


「どう?」


「お、おいしい? です」


「ははは、やっぱちょっと味気ないよなぁ。でもな、ここに……」


 言って、持ってきておいた秘密兵器を見せる。


「……ガムシロップ?」


「そ。ガムシロップ。もちろん、この裏技を使う時はちゃんとドリンクバーを注文しないとダメだけどな。これをかけると……どうぞ」


「ありがとうございます、」


ガムシロップによって光沢が増したフォッカチオを口に運んだ六花が、「んっ、」と目を見開いた。


「はは、どう?」


「お、おいしいです、とっても……!」


「そっか、良かったよかった。もしよかったら、もう一個どう?」


 あっという間に自分の分を食べ終えた六花。メロンソーダを飲みながら余韻に浸る彼女に、玲はお皿を回してもう一つ勧める。


「えっ、いいんですか? ……あ、でも、双海先輩の分」


「いいよいいよ。……オレ、実はダイエット中でさ……」


「そ、そうなんですか……? じゃあ、ありがとうございます」


 六花はちら、と玲の身体と自分の身体を見比べて、ためらいがちにフォッカチオに手を伸ばす。


 フォッカチオを小さく齧る六花は、どことなく小動物の感がある。ついつい綻んでしまう頬を抑えようとする六花を眺めていると、それだけでお腹が膨れそうだ。


「双海先輩は、よく来るんですか? ……その、ファミレスに」


「ん? そうだな……正直、あんまり来ないかな」


「えっ、そうなんですか⁉」


 よほど意外だったのか、目を丸くする六花。


「そうだよ? オレ、バイト先が洋食屋でさ、外食するときはそっちに行っちゃうことが多いんだ」


「へぇ、」


 そもそも基外食をするときは基本的に一人なので、こういう店は選ばない。


 実は、玲は友達が少ない——いや、友達になろうとしてくれる人も多いし、実際に学校で話す程度の仲の相手なら沢山いる。しかし、プライベートで遊ぶ間柄となれば、圭一くらいしかいないのだ。


「じゃあ……今度は、その、双海先輩のバイト先に行ってみても…いい、ですか?」


「いい、けど……」


 けど? と言いたげな表情で首をかしげる六花。


 もちろん来てもらって構わないのだが、知り合いに働いている姿を見られるのは少し恥ずかしい。ので。


「……ま。こんど一緒に行こうか」


 一緒に客として行くことにしたのだった。



・・・



 玲と六花がドリンクバーを片手にピザを食べ進めていると、ふと島の話題になった。


「そういえば、霜波立って何があるの?」


 霜波立というのは、この町から船で三十分ほどの距離にある《霜波立島》のことだ。


 本土からのアクセスが良いため、休日はマリンスポーツやトレッキング目的の観光客から人気……という、これといって特徴のない平均的な離島だ。


「えっと……基地、ですかね」


「基地?」


「そうです、軍の基地と、あと滑走路があります」


「あぁ、そういえばそんなのあったな……」


 玲たちの通う渡瀬浜高校でも、ジェット機やヘリコプターの音をよく聞く。普段は気にしていなかったが、思えばアレも霜波立を行き来するものだったのだろう。


 玲のイマイチな反応に不服だったのか、六花は考え込む。


「あとは……」


「……」


「…………きれいな、海があります」


「うん、観光資源だね」


「あと、は…………」


「……」


「………………あと、は……あとは……家? が、あります」


「家……うん、情緒のある町並みって良いよね」


「あとは……あとは…………あと、は…………青い空……白い雲……カモメ……人(ひと)……」


「うん、綺麗だね……のどかだね……」


 そろそろ六花の目がぐるぐるし出したので、玲は「うん、『何もない』が有るんだね。うん。良いね!」と話題を切り上げた。


 玲は沈黙が訪れないように、六花に水を向ける。


「そういえば、天瀬さんが他にやりたいことある?」


「やりたいこと……」


「そうそう。『青春』がしてみたかったって言ってたけど、その内訳って――」


「っ……」


 青春、というフレーズに顔を紅くする六花。


 玲は不覚にもそそられた嗜虐心を抑えながら続ける。


「たとえば、遊園地とか、ショッピングとか、プリクラとか文化祭ライブとかは?」


「その……、そ、そうですね」


 六花は逡巡ののちに、おずおずと口を開いた。


「……ちょっと、付き合ってもらえませんか?」


「へ?」



・・・



「んっ⁉ うぇ、あっ⁉ ちょっ、あ。ぁぁ……!!」


「はははっ、お先」


 夜の輝きを纏った摩天楼を斬り割く、二つの赤いテールランプ。


 唸るエンジン、軋むブレーキ、狂騒へと掻き立てるユーロトランス。 


 迫りきては飛び去っていく都市情景に目を奪われた六花は、目の前に現れた急カーブにノーブレーキで突っ込んだ。


 ガッシャ―ン。


「…………」


 うぅ、とうなだれる六花。

 気を取り直して再加速しながら、どことなく恨めしそうに六花は玲を見る。


「……レースゲームって、むずかしいですね」


「ははは、馴れだよ馴れ。……マリオカートの方がよかった?」


「……こっちで大丈夫です」


 六花は視線をモニターに戻し、アクセルを踏み込む。


 六花に「付き合ってほしい」と言われて、やって来たのはゲームセンター。


 先日玲たちが行った映画館と同じ商業施設に入っている、大きなお店だ。


 サイケデリックな色彩と酔わんばかりの大音量。初めての世界観に六花は驚いていたが、すぐに驚きは興奮へと変わったらしい。玲の隣でハンドルを握る彼女は、今や立派なスピードジャンキーになり果てた!


「——、」


「……ん⁉」


 玲は目を見張る。


カーブ手前で減速した自分のBRZを置き去りにした、ハチロク姉妹車の存在に。


(マズい——この先はR85(ほぼ直角)の急カーブだぞ……!)


 またクラッシュする気か⁉ と、弾かれたように隣を見る玲。


 しかし、玲が見たのは、先ほどまでとは違う——座った目をした六花別人だった。


 すっ、と六花の周りから音が引いていくような錯覚。


 モニターに向けられる六花の視線はまさに、引き絞る弓のようで。


 もはや殺意と見紛うほどの集中を発揮した六花は、鼻垂れた矢の如くノーブレーキのままコーナーに飛び込み、そして——!


「な、なに——ッ⁉」


 その瞬間、玲は自分の目を疑った! 


 六花に続いて適正速度でコーナーに飛び込んだ玲の目の前で——案の定、六花はコーナーの壁面に衝突したのだ! 衝突によって生じる強烈なノックバック! 


 反動で車線中央にまで弾かれ、その上ペナルティで減速も課せられた。もはやこの状況から再加速しても、真っ当に速度を維持しながら抜き去ろうとする玲には追いつけまい————しかし。


 六花の口の端に、狂気を孕んだ笑みが浮かぶ。


「——ふふっ、」


「んな……ぁ⁉」


 果たして、再起不能に思われた六花の車は——そこに寸分違わず飛び込んだ玲の車によって追突され、前方への爆発的な加速を獲得した!


 対する玲は追突によって減速し、さらにコーナーのラインも塞がれ、一瞬で六花に引き離されてしまった。驚きつつも半眼で六花の方を見ると、


「ふふ……やった……」


 六花は満足そうな笑みを浮かべて、さらにアクセルを踏み込む。


(……まぁ、天瀬さんが楽しいなら、良い……のか?)


 玲は六花の豹変ぶりに啞然としながら、少し微笑ましく思うのであった。


 それはそれとして、六花の運転する乗り物には乗りたくないなと玲は思った。


・・・


「っ、ていっ! あっ、ちょ! とうっ!」


「お~、がんばれ~」


 続いてプレイしたのは、モグラたたきだ。


 穴から出て来る何の罪もないモグラをひたすら叩いてスコアを稼ぐ業が深いゲーム。初めは優しく叩いていた六花も、モグラが出て来るテンポが速まるにつれて一撃がどんどん鋭くなっていく。


 しまいには。


「…………」


「天瀬さん、無言。無言こわいよ」


 ただひたすらにモグラを叩くマシ―ンと化した。それでも意外と難しいのがこのゲーム。動体視力というか、反射神経というか……シンプルゆえに、運動神経が問われるのだ。


 不慣れなこともあって、六花の最終スコアは三十点だった。もぐらに『まだまだ だね!』と煽られるくらいのスコアだ。


「……」


 煽られた六花が、玲の方を見る。


「……えっ、どしたの」


「……双海先輩、ちょっとブレザー持っててもらえますか」


「えっ」


 六花はおもむろにブレザーを脱ぎ、玲に手渡す。ブレザーにはまだ六花の体温が鮮明に残っており、その生々しさに玲はうろたえた。


 そんな玲のドギマギはつゆ知らず、六花はコインを投入し、二本のハンマーを構える。


『おれたちを みくびるなよ!』


「……ふん」


「あの、天瀬さん…………まぁ、楽しいならいっか……」


 半眼——と言うにはいささか蔑みのニュアンスが入った表情で、六花はモグラたちを見下ろす。あまりの迫力に玲も宥める気が失せた


 玲は半ばドン引きしながら、無抵抗に殴られ続けるモグラたちを眺めたのだった。



Episode4-3に続く

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