Episode2-3 厨房の熱と思春期男子高校生③
かくして、翌日の昼休み。
玲は昼休みの喧騒のなか、購買で買ったパンを抱えて歩いていた。
普段であればこのまま屋上へ行って昼食を食べるのだが、今日は屋上に続く階段を途中で抜けて、4階——1年生のフロアへとやってきた。
お目当てはもちろん。
「……あ、いた」
案の定というか、なんというか。
件の後輩——天瀬六花は、教室の隅でひとりで弁当を食べていた。
他の生徒は三々五々に席を寄せ合っているのだが、六花はぽつりと1人で座っている。端から見ると、なかなか残酷な光景だな、と玲は思う。
話しかけるタイミングを伺って教室を覗いていると、一番近くにいた男子生徒のグループが玲に気付いたらしい。露骨に「え、誰」「知らん」「かっこいい系じゃん」「俺行ってこようかな」とざわめき出した。
玲は一番手前にいた男子に、努めてなんとなしに聞いてみる。
「あー……、えっと、天瀬さんって、いる?」
「え、アマセさん……アマセ? そんな人いたかな……」
呟いた男子生徒の声に、グループの男子生徒が反応する。
「なに? どったの」
「アマセさんって知ってる?」「誰」「分からん」「確かけっこうかわいい系の人だよな」「俺行ってこようかな」
……いくら入学してから1か月程度とはいえ、流石に知られなさすぎないか。
玲は小さく笑うと、手前の男子生徒グループに「あ、ちょうど見つけたから大丈夫。ありがとう」と言って教室の中へと入る。
六花の近くまで来たところで、ようやく玲に気づいたらしい。購買の弁当をつついていた箸を止めると、恥ずかしそうに口を押えて、
「ふ、双海……先輩? こ、こんにちは」
「こんにちは、天瀬さん。いきなりなんだけどさ、今日の放課後って空いてる?」
「へっ?」
ざわ、と教室が一気に騒がしくなった。
……なるほど。
玲は自分の背中に好奇の眼差しが集まっているのを感じながら、彼ら彼女らの初々しさに内心ニヤつく。
入学してから1か月。入学したばかりの頃の浮かれたムードもじきに終わり、人間関係が落ち着き始めた時期。
そんな時期には、浮かれた話の1つや2つ、出てきてもおかしくないわけで。
ましてや目立たないけど可愛いクラスメイトに会うために、先輩がわざわざ教室まで来たとなったらそれはもう、注目の的にならないわけがなくて。
「き、今日、ですか……はい、空いて、ます……けど、」
どこか不安そうな天瀬の答えに、教室は一層ざわめき立つ。
「マジか」「きましたわ」「これは挟まれねえ」「俺行ってこようかな」「しばいたろか」と、あらぬ憶測が広がっていくのが聞こえた。
自分のことを話されていると気づいた六花は顔を赤くして、玲に控えめな抗議の視線を向ける。
「あの……双海先輩。流石に……みんな、いるところでは、」
「ん? あぁ、急に来てごめんね。じゃあ、また放課後に迎えに来るから」
「えっ」
きょとん、と目を丸くする六花。
放課後が空いてるとは言ったけど……迎えに、来る?
しばし言われたことを反芻して、ようやく、
「…………えっ⁉」
六花は自分が遊びに誘われたのだと理解した。
自分が思い描いていた〝青春〟が突然手渡されて、六花の頭の中はいっぱいっぱいになってしまう。日差しのせいか、心なしか頬が熱い。
「——放課後、楽しみにしてる」
玲はそう言い残して、くるりと踵を返す。
背中越しに呆然と自分を見送る天瀬の気配を感じつつ——ついでに無邪気な後輩たちの色々なニュアンスの視線を感じつつ、玲は教室を後にした。
・・・
「…………、」
ちなみに、自分の言動一つひとつにどぎまぎしてくれる後輩たちの姿を見て、玲の脳内に「後輩って、いいだろ」とイマジナリー圭一が語りかけてきたのは、また別の話。
次回、波乱の初デート編
(つづく)
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