最終話 冬川 季節の先に

 項垂れる僕に、夏焼が真顔で訊いてきた。でもすぐに背伸びをして話題を変えた。

「今年もあっという間だったな!」

「おい、夏が終わったからって一年がおわるわけじゃないぞ」

「忙しない一年だったなぁ……。危うく名字変わるかもしれなかったし」

「まだ揉めてるのか?」

「大人の話だからよくわかんねぇけど。なんかまだ話してるよ。っていうか、エリコの名字だったら俺、桜井海斗になってたかもしんない。それはなんか……」

「似合わない」

「だろ?」

 夏焼が道の小石を蹴った。たぶんそこに”桜井”って書いてあったんじゃないかな。 


「でも、叔父さんのとこでしばらく過ごすっていうのも、またありもしない噂流れるんじゃないか?」

「冬川が俺の心配をしてくれている……!」

「いちいち感極まるな、心配してない」

「大丈夫だって。マンションは中島公園だし。北から南に移動しただけだから、いつでも冬川んち行けるぞ!」

「くんな」


 冬川は冷たいなぁ。夏焼はポケットに手を突っ込んで空を眺めながらそう言った。そして、「そういえば少し気になってたんだけどさ」と僕へ顔を向ける。ちょっと好奇心が前面にでている顔だった。


「俺の噂話ってどんなのがあったんだ?」

 それ聞くか。と思いながらも僕は正面を見ながら一つずつ答えた。


「まず、ススキノでヤバイ奴らと夜遊び」

「なるほど。無難だな」


「クスリ売ってる」

「あ~、風邪薬かな?」


「あいつはバカ」

「……、それは、正真正銘の悪口だな」


「あとは……、プールで子供を助けた」

「あー、あったあった」

「!?」

 僕が驚いて顔を向けるのに気づかず、夏焼は通りがかったコンビニに吸い寄せられるように入っていった。急にどうした、と追いかけると「腹減った」といい、一周してからレジ前に並んだ。


「どれにする? 俺肉まん」

「僕も」

「肉まん二つください!」

 夏焼はそう言って、小銭と肉まんを交換すると、ニコニコしながら店を出た。駐車場脇のブロックに腰掛けると、「”今回は”俺のおごりだぞ! いつも俺のこと心配してくれてありがとう!」と言って僕に肉まんをひとつくれた。


「ん……? 僕はおまえに肉まん買ってやったことはないと思うし、いつも心配してないぞ」

 夏焼はもう人の話を聞いていないのか「あちち」って言いながら大事そうに両手で肉まんを掴んで、パクッと嬉しそうに頬張った。ふわっと湯気があがる。僕も温かくなる。


 - ああ、この笑顔のために、僕はなにができるだろう…。 -


 すると夏焼は急に咳払いをした。むせたのかな? ゆっくり食べろよなあ。そして、ちらっと横目で僕を見て、なぜか照れ笑いをしながら

「たべねぇの?」と言ってくる。


 僕は「食べるよ」といって、包をあけた。「あちち」と言って肉まんをかじった。フワフワしていつもより美味しかった。

 この空間以外、他に何もいらないやって気がした。

 すると夏焼は僕の顔を覗き込み、


 - そこに居てくれるだけで、じゅうぶん嬉しいぞ! -


 と言って、ニカっと満面の笑みを向けた。


 ……暑いしうざいし喧しいけどそう言うなら仕方ない。

 この万年全力夏男が笑っていられるなら、僕はずっとここにいるよ。

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