36 冬川 傷を 塞ぎたい
急に夏焼が僕の手をがしっと掴んできた。撥ね除けられると思ったからびっくりして見下ろす。僕より熱くて大きい手を重ねたまま、自分の胸ぐらを握りしめさせる。
「え? 今僕ゲームしてるんだけど、忙しいんだけど。超大事なトコなんだけど。手返せよ」
わけもわからず半眼で見下ろすとこいつは目を閉じたままじんわり満足げな笑みを浮かべてる。
「え? 胸ぐら掴まれて喜んでるやつ、僕初めて会ったんだけど? きっも」
「いいじゃん……」
真面目に話するからさ、聞けよ。
夏焼はそう言って僕を見て、ちょっと虚ろげな目をした。僕は「うん」と言った。
「今日な、図書館行った帰りに叔父さんの店に寄った。エリコが顔出してないか聞きたかったんだ」
「エリコって、おまえの母さん?」
「ああ」
エリコ……、何故か夏焼家に帰らないエリコ。聞きたいことは山ほどあったけど、僕は黙っていた。
「その弟が叔父さん。あんまり迷惑かけたくないから、今日収穫がなかったらしばらくススキノに行くのは止めようと思ってたんだけど、いたんだよ。エリコが」
エリコはついに身内を頼ってやって来たってところか。夏焼はしばし黙った。僕は待った。ゲームのポーズボタンを押すのを忘れたから、ボス戦に挑んだキャラクターが画面外に吹っ飛んだ。
「声を掛けようとしたら、叔父さんがめちゃくちゃエリコに怒鳴ってて、俺びっくりして。どうしたんだろうって。あんな怒り方初めて見たから。そしたらエリコの横に、知らない男がいた。金持ちそうな細い感じの」
「おぉ……」
「誰だよって思って。でも動けなくて。そしたら叔父さんが俺に気づいて。叔父さんが黙ったからエリコも振り返って俺を見て」
「おぉ……」
「俺を見て……、笑うんだけどさ。別人みたいなんだ」
夏焼の声が震えた。僕は見下ろしながら「うん」と言った。
いたい、いたい。
染みる。染みる。
僕は、胸を掴んでいる手に、さらに力を込めた。まるで止血してるみたいに。夏焼の胸をぎゅうっと掴んだ。夏焼の手にも力がこもった。
「まるで他人みたいな顔されたから、俺、その場に居られなくなって」
「うん」
「気がついたら走ってて」
「うん」
「正直、もう、無理だと、思って」
「……うん」
「なんか、よくわかんなくて」
「うん」
「そんで王将の前らへんに来たとこで、お姉さんに会った」
「そうか」
そうか。
これは、いたい。
こいつに泣かれると、僕まで痛いのはどうしてだ。いらないよ、こんな気持ち。やめろよ、いたい。どうやったら塞がるんだ。
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