35 冬川 聞きにくいことを 聞く

 勉強会の後、夏焼がゲームをしたいと言ったから、僕たちはマリオカートをして遊んだ。こいつはそれはもう酷く下手くそで、ハンドルを切ろうとすると全力で身体を左右に振ってはキャラクターを壁に激突させていた。


 勝つまでやる、と言っていたが姉ちゃんに「あんたら夏休みだからって夜更かししないで、そろそろ寝なね」と言われ、僕の全勝で勝負を終えた。

 夏焼は「眠くない」って言って、ソファの下に積んであった漫画を適当に掴んで読み始めた。僕も眠くないから、キッチンからジンジャーエールを持ってきた。ソファに戻って、僕はPSPの電源を入れた。


 「寝ないの?」と聞かれたから「まだ寝ない」と返事をした。

 しばらく僕たちは無言でソファに並んで漫画を読み、ゲームをし、外から聞こえるカエルの声を聞きながらときどきジンジャーエールを飲んだ。


 こいつは隣にいるだけで熱い。いつもは机と机、間があるのに、今はない。すぐ隣にいる。ゲームのロード中に夏焼を盗み見た。俯き気味のせいか少し眠たそうに見えた。


 すると読み終えたのかはじめから興味がなかったのか、夏焼はパタっと本を閉じ、漫画を元の位置に戻した。次いで立ち上がると思いきや、そのままこちらに身体を倒してきたのだ。僕はゲームに集中していたから反応が遅れた。デカイ身体が仰向けに転がる。ソファの肘掛けから足がはみ出してハンモックに転がってるみたいだった。僕の膝に頭を預けるとこいつは「うーん」と腕を伸ばした。


 なにやってるんだよ。

「いいじゃん、動くのダルくなったからここで寝る」

 そう言って、ふわーっとあくびをする。

 熱いし、重いし、邪魔だし。

「だからさ、心の声が口にでちゃってるって……」

 夏焼がケラケラ笑ったけど、僕と目が合うと、笑みが消えた。僕が真顔だったからだ。


「まだ聞いてなかったけど、一体何があってウチにくることになったんだよ。あ、爆発ネタは無しな」

「えぇ〜。今日はほら、大雨だったじゃん……?そんで困ってたところ偶然だな、お姉さんが傘をくれたわけだ! ……そのままなんていうか、うーん」

 夏焼は目を泳がせながら語尾を濁して、言葉を詰まらせた。ははーん。


「雨なんて降ってないし晴天だったし。あぁ、つまり号泣してたとこ偶然姉ちゃんに会って、落ち着くまで家に居なさいって連れてこられたのか」

「そうとも言える」

「それ以外言いようないだろ。隠してるつもりだろうけど、目ぇばっちり腫れてるよ」

「言うなよ恥ずかしいじゃねーか。高校三年にもなって道ばたで泣くとか」

 夏焼はそう言って、子供みたいに手で顔を覆った。


「僕ぜったい無理」

「だろ?」

 手を腹の上で組み直して、夏焼は真っ直ぐな目で見上げてくる。

「あぁ、でも。ムーたんムーたん言ってるの見られる方が俺は無理だわ。そっちの方が恥ずかしい。泣いてる所見られる方がまだマシ」

 僕は反射的に握り拳を夏焼の胸の真ん中に振り落とした。


「ぐぉっ!」

 驚いた夏焼の上半身がわずかに浮く。

「あぁ、ごめんな、虫がいたんだよ」

「ホントにいたとしてもこんなトコでぶっ潰すなよ、冬川って意外と乱暴者だなぁ」

 僕はもう一回拳で胸を打った。夏焼は「ははは」と笑っていた。


 けれど僕が想定していなかった行動をとった。

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