31 夏焼 ムーたん 目撃す

 曇りガラスをタオルで拭いて、自分の顔を見た。めちゃくちゃ泣きまくったから目の腫れは全部は引かないか。ちょっと恥ずかしいなぁ。


 俺は用意されていたTシャツとスウェットに袖を通す。黒いTシャツはなんだか良くわからない柄がぐしゃぐしゃ描いてあったけど背中に日付と場所が印刷されてたから、なんかのバンドのライブTシャツみたいだった。サイズはXXLだった。冬川家の誰の趣味なんだろう。でもおかげさまで余裕で着れた。スウェットは新品ぽかった。パンツ? 誰のだろ。とりあえず失礼しまーっす。


 タオルで髪をガシガシ拭きながら洗面所からそっと出てみると、ムーたんムーたん言ってる声がした。リビングを見てみる。あぁ、わんちゃんか。おやつの時間か? おお、めっちゃ賢いな。ちゃんとお座りして。お手、おかわり。うんうん、いいね。伏せは練習中なのか。

 冬川のやつ、めっちゃヨシヨシヨシヨシ言って褒めてんな……。


「冬川って、家だとそんな感じなんだな」

 俺がリビングにいる冬川に向かって声を掛けると、当の本人は肩を跳ね上がらせて振り向いた。そしてまるでオバケでも見たような顔で「うぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」って悲鳴をあげたから、俺もびっくりしちゃったじゃないか。


「……そんな大声出すなよ。びっくりするだろ」

「そりゃ僕のセリフだよ!! なんで夏焼が家にいるんだよ!」

 冬川は顔を真っ赤にして唾を飛ばしながら捲し立てた。「ばっちぃよ」と言うと、「うるさい!」と怒鳴ってくる。おお、怒ってる。


「なんでおまえが僕の家にいて、風呂にまで入ってるんだよ!?」

「実は、家が……」

「また爆発したとか言ったら殴るぞ」

「コワぁ」


 俺が左手を口元に当てて返事をすると、玄関ドアから「ただいまー」って声がした。あ、お姉さんが帰って来たんだな。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る