18 冬川 心配してしまう

 道の反対側に来たついでに、姉はスーパーに寄るといって店に入っていった。明日の食材を買うのを忘れていたみたいだ。僕は姉からホットプレートの箱を受け取って、そこに立っていた。

「冬川は行かなくていいのか? スーパー」

「いい」

「そか」

「夏焼は?」

「え?」


 夏焼は満面の笑みを僕に向けた。なんでこんなに嬉しそうなんだ。僕が変な顔をしていると、こいつはちょっとハニカんだ。

「よかったー! 俺の名前、知ってたんだな!」

「知ってるも何も、同じクラスだし、隣の席だし。それにさっきねーちゃんに紹介したじゃないか」

「あ、そうか。でも初めて呼んだよな。俺のこと。個人として認識されてないと思ってた!」

「いやぁ、おまえくらいうるさい奴、イヤでも覚えちゃうから」

 僕は、ハっとして顔をあげた。つい心の声が漏れてしまった。すると夏焼は大きな声で笑い出した。


「あははは! なんだよかった……、へっくしゅん!!」

「うわ、なんだよ風邪? っていうかさぁ、なんで制服のままこんな所にいるのさ」

 僕は話の流れで聞いてみた。

「え?」夏焼は鼻をすすりながら首を傾げた。日焼けしてるにしても、どことなく顔が赤い。


「おまえ、なんか噂になってるよ? 夜遊びしてるとか」

「なんだ、そんなことか。あっちに叔父さんが働いてる店があってさ。寄ったんだけど今日は休みだったんだ」

 僕は夏焼が指さした方向を見た。あの辺りは子供なんかが行ったらつまみ出される大人の遊び場……。やたらギラギラした看板に男か女かわからない生物が彩りを与えているカラフルもといレインボーだらけの店が密集しているところなのでは? こいつ、そんなところに寄るなんてどうかしてるぞ。


「いなかったんなら、もう帰んなよ。また変な噂流されるよ」

「うう、冬川が俺の心配をしてくれている……!」

 夏焼は握りこぶしをつくって大袈裟にリアクションをしてみせたけど、すぐにくしゃみを連発した。

「鼻水でた」

「汚い」僕は半眼でティッシュを渡す。びーっと鼻をかんで、紙くずをジーンズのポケットに詰め込んだ。それ、洗濯前に絶対出せよ。夏焼が腕時計を見てぼやいた。


「うーん、帰るにはたぶん、まだ早い」

「何いってんだ? もうすぐ十時になるのに。親が心配するぞ」

「うーん」

 夏焼は少し困ったように笑った。そしてまた鼻をかむ。

「っていうか、顔赤いじゃないか」

「日焼けだよ、プール楽しかったなぁ」

「いやいや、その赤さは日焼けだけじゃないでしょ。えぇ~、熱あるんじゃないの? ちょっと姉ちゃん呼んでくるよ」


 僕がスーパーに向かおうとすると、がしっと腕を捕まれた。反動で箱を落としそうになる。驚いて振り返ると夏焼が僕を見ている。けっこう、マジな目、というやつで。

「……、いいって。そんな大袈裟にすんなよ」

「あ、そう。なら、……いいけど」

 手が離れた。めちゃくちゃ熱かった。もともとの体温プラス五度って感じだ。僕はなんとなくきいた。

「家、なんかあるの?」


 すると、夏焼の瞳がゆれた。風邪のせいで虚ろになっているのかもしれない。でも気のせいなのか、すぐにニカっとした笑顔になった。

「実は家が爆発してだな、叔父さんを頼りにきたわけだ!」

「そんな見え透いた嘘つくほどバカじゃないよねぇ?」

「うっ、今日の冬川はしんらつだなぁ」

「とにかく、さっさと帰って」


 僕はそう言って、夏焼の背中を押した。こっちもめちゃくちゃ熱い。夏焼は観念したのか、少し項垂れて「はぁい」と言った。

「これ、さっきの補導員に捕まった方がマシだったかも」

「ねーちゃん呼ぶぞ」

「嘘です。じゃ、帰るわ。また明日な!」

「くんな」

 僕はそう言い放って、駅に向かっていく夏焼の後ろ姿を眺めていた。なんであんなアホみたいな奴の心配してるんだろう。ちょっと癪だな。

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