13 夏焼 週半ば 第二音楽室
「雅也……」
「どしたよ、深刻な顔して」
放課後、バンド練習の合間に俺は雅也に声をかけた。雅也はギターのチューニングをしているところだった。さっきから「音がブレる」って言ってたもんな。俺は電子ピアノだからそんなの気にしなくていいけど。
雅也が顔を向けたところで、俺は奴の背をばしっと叩いた。
「週末、俺とプールに行こう!」
「やだよ、男とプールなんて」雅也は俺の方を見もせず即答した。
「なんで!?」
俺がデカイ声を上げると、ドラムセットの横から小林が顔を出す。
「夏焼は、夏を満喫したいんだなぁ~」
「だって、札幌の夏なんてボンヤリしてたら瞬殺だぞ? 八月になってお盆過ぎたら秋だぞ? 今のうちに遊ばないと。それに見ろよ……」
俺は額に手を添えて遠くを見るジェスチャをした。第二音楽室は防音だから窓は付いていない。芝居掛かったリアクションに、ベースの肥後が目を細めた。
何を言い出すのかわからんが、言ってみ。
って顔だった。
「熱い太陽、ビーチサンダル、パラソルの下で寝転ぶ女子」
「ふーん」
「いいか、女子の水着を合法的に楽しめるのは、高校が最後なんだぞ」
「いやー、大学いってもいけんじゃん」
雅也はEmコードを弾いた。チューナーがびぃーんと揺れる。
「雅也はいじわるだなぁ、夏焼は、高校最後の夏をみんなで過ごしたいんだよな」
「小林ぃ……」
俺が泣きつくと、肥後もウンウン頷いてベースを鳴らす。「同意~」って音だった。肥後は全然喋らないけど、こうやって音で返事してくる。今の音は「OK」とか「うん」とか言う時に使うコードだ。
すると、外の空気を吸いに言っていたボーカルの陣野が戻ってくる。
「えー。雅也も行こうよ。プール」
「……おまえ地獄耳すぎてコワイ。なんで聞こえてんだよ」俺はちょっとだけ引いた。
「陣野が乗り気とか意外だな」
雅也はようやく顔を上げた。おまえが行くなら行こうかなって感じになってる。もう一押しだ。
「よし、雅也。プール行ったら俺がアイス買ってやる! だから一緒に行こう」
「え~? 俺ハーゲン様しか食べないよ?」
「そこはさ、遠慮してスーパーカップとかパピコって言ってよ」
「五人で行くの?」
小林がきいた。
「いいよ、五人で」これは雅也。次いで「同意」のベース音が鳴った。
「夏焼は、田口さんにリベンジしなくていーの?」
陣野がへにゃっと笑って聞いてきたから俺も笑った。
「しないって! また変な噂流しちまったら悪いし。今回は水着女子は諦めて五人で行こうぜ!」
「水着女子なんてはじめから興味ないくせに」
雅也が俺を見て舌を出した。俺は「興味あるのは大人の女だけ」って冗談を言って、電子ピアノの前に座った。鍵盤に指を置く。
嬉しい。
プールは次の日曜に行くことになった。
楽しみがあると、人って頑張れるんだな。
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