6 冬川 三時間目まであと五分

「なんだなんだー。冬川、そいつらにシめられてんの?」

 夏焼はアイスを舐めながら、へらへらとこっちに歩いてきた。僕は俯いてしまった。


 言っただろ。こいつ、中学の時に僕をいじめてた奴に似てるって。なんか、その時の状況が急に蘇ってきたんだ。僕に突っかかってきて、アレ出せコレだせと要求する。ナヨナヨのくせに女子に人気あるからって調子こくなよって、意味わかんないこと言われる……。本当に最悪だった。


 すると、取り巻きが夏焼の前に出て行く。

「てめぇにゃ関係ねーたろ」

「ないけどさぁ。一対三ってちょっとズルくね?」

「……、あ、これ喧嘩とかじゃないから……」


 ようやく僕がそう言うと、バスケ部が僕の肩になれなれしく腕を回してきた。ウッザ! と思ったけどちょっと怖くて肘打ちとかできなかった。夏焼はまともに話を聞く気がないのか、ずっとアイスを舐めてた。


「そうだよ。俺たちトモダチだからよ。ちょっとA組の田口に用があってよ。こいつにお願いしてたとこなんだよ」

「ん? 田口に用があるのか? さっき見かけたぞ」

 夏焼はそう言って植え込みから出て行くと、校舎側へ顔をだした。何かを探すように校舎を見上げる。そしてパァっと明るい顔をしてみせたと思ったら大声で叫びだしたのだ。


「おぉーい! 田口~!」

 僕もバスケ部達も驚いて肩を跳ね上がらせた。夏焼はぴょんぴょん跳ねながらうちわを振って、なにやら上階にアピールしている。僕も小走りで校舎の方へ向かってみると、二階廊下の窓から顔をだしたのは田口青葉だった。


 まるでドラマのワンシーンみたいに、背景に花が見えた気がした。不思議そうな顔で夏焼を見下ろしている。夏の風が田口さんの髪をさらってなびかせた。田口さんは「どうしたの?」という顔をしてみせた。夏焼は田口さんと目が合うと嬉しそうにうちわを振って合図した。まるでアイドルの応援みたいだった。夏焼はまた叫んだ。


「なぁ、今日ひまぁ~!?」

 それを聞いて田口さんは目を丸くした後、ケラケラ笑って両腕を使って

「×」

 と返事をした。僕も、いつのまにか校舎側に出ていたバスケ部達も、あの笑顔に見とれてしまった。


 そんなことには目もくれず、夏焼は「あ~、いきなり誘っても駄目だよなー」と、アイスの棒をかじりながら僕たちの方へ振り返った。そのまま続ける。

「悪い悪い。田口いそがしいってよ。みんなで茶行くのは、また今度な! よっし、冬川! そろそろ行こうぜ」

「あ、そうだな」

 僕は呆気にとられながらも、夏焼の横に並んで校舎へ戻った。振り返るとバスケ部たちも何が起きたのかわからないような顔で僕を、いや夏焼を見ていた。


 僕はこの時はじめて、ちゃんと夏焼の顔を見上げた。

 あいつは何も言わなかったけど、満足げにニコニコ笑っていた。次の授業に遅れそうになったから、この暑い中で走る羽目になったけど、悪くなかった。

 夏焼は声もでかいし暑苦しいけど、思っている以上に嫌な奴ではないなって思った。


 のちに夏焼のこの行動は『学校のマドンナをデートに誘うが撃沈した』などと噂になったが夏焼本人は(田口さんも)全く気にしてないようだった。

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