第42話 新しい目標

 談話室での会談の後、リュウとプリムラとハンウェーはそれぞれの寝室を与えられた。

 長い一日が終わり眠りにつこうという頃、こっそりとリュウのもとを訪れる者があった。プリムラだ。彼女は扉の前に立ったまま、おずおずと一冊の本を差し出す。『カンクロ』の四巻だった。


「前から気になっていたことを聞きたいのですけど……。改竄された『カンクロ』のうち、一冊だけ私に託しましたよね? これ、まだ持ってるんですけど……」


「ああ! ありがとう! 助かった! この改竄を指示した本人に、意図を確認してみたかったんだ」


「指示した人って、メッシー・モアですよね」


「そう。これは『僕』の定義を『普通の若者』とぼかすことで、改竄をしつつもそれ以降の記述を無効にしないための検証なんじゃないかと考えてる。これを突き詰めれば、今の魔術の不自由さが一つ解消されるはずなんだ」


「え、まったく意味がわかりません」


 混乱するプリムラに理解する時間を与えるように、リュウはゆっくりと続けた。


展開デプロイの言葉を紡いだ魔道士が、責任をもってそれを実行エグゼキュートする。それが今の五段階術式だ。でも、展開デプロイをした人物と同等の責任を別の魔道士に持たせることができれば、その相手が実行エグゼキュートできるようになる」


「それはつまり、リュウのような優秀な魔道士がスクリプトを量産して、あたしのような雑魚が実行エグゼキュートできるようになるということ?」


「その通り!」


「あたし雑魚なんだ」


 自分の発言にショックを受けるプリムラを、リュウは微笑みながら見つめた。


「プリムラ、君はこれで二回、僕の名前を呼んでくれたね。ありがとう。これからもそうやって名前を呼んでくれたら嬉しい」


 リュウは、精一杯に素直な表現を絞り出した。

 恥ずかしさで顔を真っ赤にするリュウと、呆気に取られて息を止めるプリムラ。

 先に動いたのはプリムラだった。小柄な体全部を使って飛び込むようにリュウに抱き着いた。


 リュウの目には今、強い意志が宿っている。


「最近色々なことを経験して、新しい目標ができたんだ」


「新しい目標?」


「僕は、誰かの命を踏み台にせずに世界間移動の魔術を完成させたい」

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