第41話 作戦

 拘束を解かれ体を動かせるようになったリュウは、まずハンウェーに声をかけた。


「ハンウェー、名前について話してくれてありがとう。お礼を言いたくて」


「へ? なんで?」


「さっきハンウェーは『過去を断ち切りたい』と言ってた。何も語らずに白を切ることだってできただろうに、経緯を知らせてくれてありがとう」


「大したことじゃない。おまえ律儀だな。いつまでもそのままでいてくれよ」


「おいおまえら、友情ごっこは後にしろ。今はメッシー・モアの魔道防御壁を剥がすことに集中しろ」


 魔道長官が二人の間に割って入った。


(なんだよこいつ、僕に頼みごとをしてきたくせに偉そうだな)


 リュウは不快に思いつつも、依頼については真剣に考えていた。


「まず、バリアの設置者はメッシー・モアではありません。誰か魔道士であることはたしかですが、正体はわかりません。ちなみに、バリアを剥がそうと試みた時に自動で反撃するような仕組みはありませんでした。これは僕がすでに確認しています」


「そのくらい魔道省でも把握している」


(いちいちうるさいなこの長官は)


「バリアを維持するためのマナの供給源が複数あります。僕があたりをつけますから、魔道兵を使って具体的な場所を特定してほしい。たぶん、六ヶ所あります」


 渋る魔道長官は、女王の一瞥に委縮する。長官の指示によってただちに魔道兵を使った捜索隊が組織され、カークランド各地に散った。


「長官、ご協力ありがとうございます」


 リュウは礼を述べ、続きを語り始める。


「六ヶ所のマナ供給源が特定された後、僕たちはまず、それぞれのマナの流れをせき止めます。そして、貯留されているマナを奪い、それを使って最上階のバリアを剥がします。重要なのはここからです。六人の魔道士が、これらを同時に行わなければなりません。五段階術式をだらだらと口述で詠唱していては、足並みが揃わない。ハンウェーの傘を複数用意し、それぞれにスクリプトを書き込み、短い呪文を一斉に唱えて発動させます。――僕がこうして発言できている時点で、このやり方は正しい。実行可能です」


「そうまでせずとも、マナの供給が絶たれれば時間の経過とともにバリアが薄れてなくなるのではないか?」


「長官のおっしゃることはごもっともです。しかしそれでは何時間、いや何日かかるかわかりません。こちらから一気に剥がすことをご提案します」


「魔道兵がスクリプトを使うことは許されていない」


 魔道長官はリュウの提案を退けた。広い肩幅と濃い髭を持つ彼は、他者を圧しつぶすような雰囲気を醸している。彼自身がそれを利用して、低い声で意見を言い切って押し通す傾向にある。

 しかし女王はそれをよく知っているので鼻で笑った。彼女も、彼女の持つ氷の視線を武器として自覚している。


「長官、魔術スクリプトの使用許可を出せ。そなたが動かぬのなら、我が命令として許可する」


「陛下、しかし……!」


「指揮下にない野良の魔道士を起用してリンドウ・リュウの技を盗まれることの方が、後の懸念を生じる」


 魔道長官は再び伝令兵に指示を託し、魔術スクリプトの一時的な使用許可の手続きに入った。

 一方、女王は別の懸念を口にした。


「ハンウェーの傘は本当に必要なのか? 紙や板に記述すればよいのではないか?」


「陛下のおっしゃる通りでございます。紙や板でも構いません。ただ、今回は突貫で六人の魔道兵を組織します。彼らが慣れていて、見た目にもわかりやすいのが魔道具としての傘なのです。そして骨の多い油紙傘よりも、八本骨の傘の方がもっとわかりやすい。そういうわけで、僕はハンウェーの傘を推します」


 女王は、リュウの目を見てうなずいた。

 思いがけず自分の商品に活躍の場が与えられたハンウェーは、ガッツポーズで喜ぶ。

 リュウは、メッシー・モアに対する怒りで頭が沸騰しそうになっている。

 プリムラは、リュウの作戦が無事に成功することだけを祈った。

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