第23話 メッシー・モア

「これは世に言うデートですね!?」


「いや、そういうつもりはなかったんだけど……」


 社会勉強のような一週間の休暇の最終日。リュウは再びプリムラと共に王都へ出た。

 図書館での作業中、リュウはその付近に大きなマナの力を感じていた。


「王都では常に大量のマナが消費されてますから、気にしなくていいと思いますよ、先輩」


「いや、ちょっと異質と言っていい規模なんだよ」


 リュウが訪れたのは魔道士会AFS本部だった。それは王都の図書館通り沿いにあり、誰にでも門戸を開いている。


 何か秘匿性の高い情報を扱うでもなく、金品を置いているわけでもない。王宮や軍に仕える魔道士と異なり、市井の魔道士が心身を脅かされることはほとんどない。高位の魔道士は自前の堅固な防御術を使える。そういったわけで、魔道士会AFS本部が特に閉鎖的になる理由もなかった。出入り自由だ。


 リュウとプリムラはローブをまとい、フードを目深にかぶって顔を隠した。ローブを好む魔道士は珍しくないため、特に怪しまれることもなく、進入できる。


「でもまさか先輩があのリンドウ・リュウだとは思ってもみませんでした。フラッドリーヒル宮殿で本名を知った時には、びっくりしすぎて声が出ちゃいましたもん。あの天才少年ですよ!?」


 プリムラが言っているのは三年前の、魔道士会AFS本部ビル改築の時のことだ。


 この建物は石造り六階建てで、宮殿を除けば王都で最も高さがある。三年前の改築をを主導したのが当時若干十五歳の少年魔道士リンドウ・リュウであった。


 それは、クレーンも牛馬も人足も使わず、転送魔術だけで行われた。現場付近に資材置き場を作らず、遠方の石切り場から直接転送して石を積み上げ、工期を大幅に短縮した。この常識はずれの離れ業をやってのけたことで、リュウは従三位の階位を授かった。


「あたし、王都に住んでるのに本部に入るの初めてなんです」


「まあ会員登録は書類を送るだけで済むから、普段は特に用もないんじゃないか」


「本部でやってる勉強会とか出た方がいいのかなーと思いつつ、家でダラダラしちゃうんですよ」


「わかる」


「先輩はわざわざ勉強とかしないと思ってました」


「いやむしろ魔道の勉強しかしてなかった結果がこれなんだけど……」


 無駄口をたたきながら階段を上る。

 一階上がるごとに、徐々にマナの圧が強く感じらるようになっていった。


(なんだこれ!? 紅炎プロミネンスの時の貯蔵の……百倍以上? しかも他の魔道士が使えないように多重にロックされている)


 続けてリュウは歩きながら周辺のマナの流れを探る。さらに驚くこととなった。


(はあ? 同規模の貯蔵が遠隔地にもある? それも複数? そこから細くマナを引っぱってきて、マナが途切れないように多重化しているのか。念入りだな)


 最上階まで上ると、さっきまではしゃいでいたプリムラが深刻な面持ちになっていた。


「ようやくあたしにもヤバさがわかってきました……。軍の魔道兵が集団で訓練してる時よりも、ずっとずっとマナが多いし濃度も高いですね」


「そう。僕がこの建物に関わった時にはこんなのなかった。最上階は下の階より狭くて、一部屋しかない。もともと何かに使うためのフロアではないんだよ。高さを誇るためだけにあるんだ」


 リュウは木製の扉に手を掛けた。扉はマナの防御で固められていた。扉だけではなく、最上階全体が、魔道的な鎖でがんじがらめになっている。


「誰かー、誰かいますかー?」


 突然、プリムラが扉の向こうへ問いかけた。


「え、ちょ、まっ……」


 リュウが慌てていると、部屋の中からかすれた男の声がした。


「--誰だ。名を名乗れ」


「プリムラ・プロウライトです」


「--魔道士か」


「はい」


「--何をしに来た」


「え、何って……見学です。初めてなので」


「----」


 そこで男の声は止まった。あけすけなプリムラの応答を、リュウはハラハラしながら見守っている。マナの流れや圧力に変化はない。攻撃されることはなさそうで、リュウは胸を撫で下ろした。

 が、すぐに矛先がリュウへ向けられる。


「--もう一人いるな。誰だ」


(ええい! ままよ!)


「リンドウ・リュウです。僕も魔道士です」


「--何をしに来た」


「近くを通りがかった時に、強大なマナのかたまりを感じました。それが気になって辿ってみたら、ここに着いたというわけです。あ、あの、よろしければあなたのお名前も教えてください」


「--メッシー・モアだ」


 答えてもらえたことに面食らいながら、リュウは思案する。


(聞いたことのない名だ。しかしこの堅牢な守りとマナの操り方は、高い位階を授かるほどの力に値する。そんな魔道士が無名でいられるはずがない)


「モア殿! 不躾な質問ですが、あなたがどこで魔術を学ばれたのか、教えていただきたく存じます!」


「--知らぬ」


「え、」


「--問答のために来たのならば去れ!」


 これを最後に、扉の向こうの男は黙り込んでしまった。扉は、押しても引いてもリュウの魔術でも開かない。


 結局、リュウが得たのは、メッシー・モアという男の名前のみであった。


 プリムラは魔道士会AFS本部を出た後に、リュウと腕を組んで散策し、アフタヌーンティーを楽しんで、満面の笑みで一日を終えた。

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