第23話 異物と異邦人

「サンドラ・サンデーより報告があった。図書館での働き、見事であった」


「ありがたいお言葉でございます」


 女王キャサリン・カークランドと魔道士リンドウ・リュウは、王の執務室で向き合っていた。女王がリュウに社会勉強を命じた一週間前と同じく、人払いをして二人で。ウォルナットの大きな執務机を挟み、女王は正面の椅子に座り、リュウは背筋を伸ばして立っている。


「図書館で使ったという傘は、ニューキャッスルから持ち出したのか?」


「はい。ニューキャッスルの魔道士詰め所から借りました」


 リュウはこの時初めて、女王の苦笑いを見た。


「そなたが言の葉をこめた四本の傘は、翌日に消えた」


「消えた? 彼らが蔵書点検の結果を確認できるように、傘とマナの備蓄を現場に残して退去したのですが……」


「ハンウェーの傘は、軍と王宮魔道兵の装備として許しておらぬ。そのことは魔道長官にも確認した。そなた、マロリーにしてやられたな」


 王都にはマロリーの息のかかった役人や商店が多いこと。

 そのため、第二次音読調査は王都から離れたフラッドリーヒル宮殿で行っていること。

 マロリーがハンウェー傘に何か仕込まないとも限らないので、魔道兵の基本装備は従来の油紙傘であること。


 女王はそれらを説明したのち、少し語気を強めた。


「おそらくマロリーはそなたの記した魔術を回収した。そして解析し、ハンウェー傘の活用法として宣伝するだろうな。まるで自ら考案したかのように!」


 うなだれて黙るリュウに、畳みかけるように語り掛ける。


「まあよい。この話はこれで終いだ。この短い期間にそなたが魔術で仕事を成すというのは、われの思惑の埒外であった」


 女王は部屋の外に控えていた女官を呼び寄せ、喫茶の用意をさせた。女官から飲食用のテーブルセットを支度するかどうか尋ねられると、それは断り、執務机についたままティーカップに口をつける。リュウにも着席を促し、紅茶を勧めた。


「さて。なぜこの部屋でそなたの報告を受けていると思う?」


「……」


「そなたと共にこの国の、この世界の在りようを案じるためだ。王が国について語るなら、それは国事と言えよう。この部屋にて行うのが相応しい。さて。そなた、カークランド随一の情報集積地で何を見、何を聞いた?」


「一言で申しますと『真世界オースに四百年前はない』ということを」


「そう。太母はそれを大いに怪しんでいた」


(太母って空沼うろぬまうつつのことだよな。やっぱりその人もこの件については変だと思ってたのか)


「若き日の太母は、教育係にしきりと尋ねたそうだ。真紀元年より前のことを。当然、教育係の女に答えられることはない。それでも太母が食い下がるので、不思議に思った当時の王――先々代の王が、リリジャール様とマロリーに相談したという。太母の語る対抗世界カウンターワールドの歴史に、二人とも大いに興味を持ったようだ」


「それは陛下のお生まれになるよりずっと前のお話ですか」


「そうだ。当時のことはリリジャール様より聞いた。リリジャール様もマロリーも、このことをきっかけとして対抗世界カウンターワールドに惹かれ、結果的に『賛成派』となったのだ」


 先代国王の即位にあたって、「賛成派」と「反対派」が激突して国論を二分した大論争があった。

 先代国王は空沼うつつの息子であり、キャサリン・カークランドの父にあたる人物だ。

 先々代の正妃に子が生まれなかったため、第二夫人である空沼うつつの息子が王位を継承することとなった。

 しかし彼は異邦人との混血であるため王位に相応しくないと、異議を唱えたのが先々代の正妃を筆頭とした反対派だった。

 長子相続の伝統を重視するのが、賛成派であった。

 当初中立を表明していたリッド・リリジャールは、第二夫人と交流するうちに対抗世界カウンターワールドとそこで育った第二夫人に惹かれるようになり、賛成派となった。彼は 魔道士会AFSの会長であったため、 魔道士会AFS会員もおおむね賛成派に回り、世論も次第に賛成多数となっていった。


 これらの出来事を、リュウは図書館で読んでいた。

 カークランドの歴史として権威ある著者によって記されたものもあれば、異邦人の美女を囲んだ下世話なゴシップに仕立てている記事もあった。

 異なる世界の存在をはっきりと認めた、魔道士会AFS会長としてのリッド・リリジャールの姿がそこにはあった。世界間移動の魔術の研究に対する師匠の動機を、垣間見ることができたのだった。


「リンドウ・リュウ、そなたから見たこの世界は如何なるものか」


「魔道の存在を除いて、私の生まれた世界にとてもよく似ています。人々の笑いも涙も生活様式も、ほとんど同じように感じます。しかし恐れながら陛下、真世界オースには対抗世界カウンターワールドほどの歳月の積み重ねがありません。図書館のスタッフが怠惰なのも、おそらく彼らが悪いのではなく、過去の記録の収集それ自体に意味がない、ということなのだろうと考えます」


 女王は姿勢を崩し、肘掛けにもたれた。目を閉じ、深い息を吐く。無数の小さなクリスタルを巻き付けた黒髪が、頭の傾きに沿って流れた。


「臣民は過ぎた時に目を向けないものだと思っていた。今を生きるのに懸命なのだろうと。博物館や図書館の予算が薄いのも、それゆえなのだろうと。だが彼らは五十年も前に現れた女のことを未だ覚えていて、その子や孫についてあれこれ討議するのだ。過去に興味がないわけではない。それを奇妙だと訴えても、その場では耳を傾けるふりこそすれ、気にも留めない」


 女王は片方の手を伸ばし、執務机のふちを撫でる。急に苦々しげな表情になった。

 年古りてまろみのある風合いの執務机と、彼女の白磁のような肌は調和しない。側仕えの女官は、女王の若さと美しさに釣り合う机に新調すべきだと、冗談とも本気ともつかぬことを頻繁に言う。不釣り合いの原因が若さであれば、いずれ時が解決するだろう。しかし女王の考えは違った。


「代々の王がまつりごとり、名を署したのがこの机。われは混じりものなり。異物なり。ゆえにこの机はわれを拒む」


(異物……。異邦人ですら人であるのに、物、か)


 受け止め方がわからず、リュウは胸のうちで女王の言葉を反芻した。その後、定例の会見の時間が訪れるまで女王は座ったまま無言であり、リュウはそれに寄り添い続けた。


 〜第二章 終〜

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 引き続き第三章をお楽しみください。

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