第22話 蔵書整理

 すぐに王立図書館へ向かうと、サンドラ・サンデーによく似たメガネの男性司書がリュウを出迎えた。司書はこれまでの雑な仕事ぶりをあけすけに告白した。


「蔵書整理ね。ぶっちゃけ、今までてきとーにやってたんですよ。背丈より高い段の本は無視したりとか。だってチェックにくる役人も、目の届く高さまでしか見ませんから」


(うっわ、プロ意識低すぎ。たしかこの人、僕が資料探しをお願いした時にも雑な返事した人だよな)


「そんなことを何年も続けていたから蔵書のリストと実際の所蔵品の乖離が大きくなってしまって困っている、ということですね」


「そーなんすよ。それで、魔術でパーッとどうにかならないかと思いまして。目録も、所蔵品そのものも、言葉で記述されてるから魔術で扱えるでしょ?」


 なんとも自分勝手な要望だが、魔術で扱えるという点についてはその通りだった。


「たしかに魔術と相性のいい作業だとは思います。お手伝いしましょう」


 司書に案内され、リュウは改めてこの図書館の間取りを確認した。


 正面玄関から奥へ向かっての細長い大広間が、この図書館のメインの開架と閲覧室を兼ねている。大広間は三階まで吹き抜けで、書架が壁を埋め尽くしている。大広間の天井は尖ったアーチが連続していて、この建物の特徴となっていた。


 閲覧席の突き当りには、別室が続いていた。大広間との間に扉はなく、自由に行き来できる。


 別室の天井は一階分の高さで、大広間のスケールに目が慣れていると、とても狭く感じる。こちらの部屋は、無数の小さな抽斗で埋め尽くされていた。

 実際には、多数の小さな抽斗を備えた棚が所狭しと並んでいる、というのが正確な状況。あまりの抽斗の数の多さに、リュウの視界が抽斗で埋め尽くされてしまった、というところだ。


 抽斗の一つ一つは葉書ほどの大きさで、その中に、目録カードがびっしりと収められている。


「目録カードには蔵書のタイトルや著者名が記入されています。この目録カード一枚一枚が、蔵書の名簿のようなものです。ここにカードがあれば、書架にモノがあるはずです。逆に、書架にある書籍や巻物には、必ず対応するカードがあるはずです」


「つまり、目録カードがあるのに実物が見当たらないとか、棚に本があるのに目録カードが作成されていないとか、そういうのが積み重なって収拾がつかなくなってしまった、と……。まずは全体の点検が必要な状況ですね」


「そういうことですね」


 悪びれもせずに司書は職務怠慢を肯定した。


(仮にも『王立』を掲げる施設のスタッフがこれって、どういうことなんだよ……)


 リュウは大まかな作業工程を思い描き、必要な日数を申し出た。


「今日を含めて五日の作業期間をいただきます」


「わかりました。蔵書点検中は休館にするんで、他の来館者のことは気にせず作業してください。住み込みの守衛がいますんで、施錠と開錠はその人に任せてください。じゃ、よろしくお願いしますね」


 メガネの男性司書は他のスタッフに声をかけ、すぐに休館の札を出してしまった。


(その素早さを仕事には振り向けないんだな! どうなってんだこの施設は! しかも突然五日間も休みにしていいの!?)


 こんな態度が許されるのなら自分も仕事を放棄してやろうかと思うリュウだったが、サンドラのメッセージを思い起こして気持ちを奮い立たせる。手柄を立てて、昇進への道筋を作りたい。王宮魔道士官という立場にしがみついていれば、いずれは国の魔道リソースを管理する立場になれるかもしれない。

 一人取り残された館内で、妬みと欲望に心をかき乱される。

 やり場のない憤りを感じたが、いつまでもイラついてもいられない。

 呼吸を整え、魔術の流れを考え始めた。


(まず、本当にカードの情報を魔術で利用できるか、試そう。五段階術式の展開デプロイ実行エグゼキュートは同じ魔道士によって行われなければならない。それは師匠が言っていたから間違いないんだろう。でも、展開デプロイに他人の書いた情報を組み込めないとは言っていない。魔術の教本にもそうは書かれていなかった)


 手近の抽斗を一つ開け、一番手前のカードを眺めた。


 題名と著者名が記されている。実物の本が収められてる棚の番号も書かれていたが、それは信用できないので無視することにした。


 * * *

 一枚のカードに記された言葉を、一粒の転送マナに閉じ込める。便宜的にこの一粒をカプセルと呼ぶことにする。

 カプセルを書架に沿って移動させる。

 移動順は、大広間一階左の棚の最下段を玄関側から奥に向かって一直線。突き当りまでいったら二段目に上がり、奥から玄関側に向かって一直線。これを繰り返してジグザクに三階最上段の棚までカプセルを這わせる。大広間右側が終われば、左側に飛び、同じようにジグザグに三階から一階まで降りていく。

 カプセルに記された情報と一致する本が見つかれば、カプセルはその場に留まる。

 * * *


 リュウはこのような段取りを考えた。


 背負っていた油紙傘を開き、五段階術式を唱え、一粒のカプセルを飛ばしてみる

 カプセルの動きを確認するために、目視できる程度の低速で移動させた。

 青い光を放つ小さなカプセルは、大広間の書架に沿ってゆっくりとジグザグに上がり、二階の中ほどで停止した。


 リュウ自身も二階に上がり、カプセルの光る本を手に取った。

 思惑通り、目録カードに書かれていたものと同一のタイトルだ。


(よしっ)

 小さくガッツポーズする。


 マナの光は熱を持たず、自然光と異なり紙やインクを変色させることもない。

 今の試行とは逆に、目録と一致しない所蔵品に光を灯すことができれば、蔵書点検の助けになるだろう。


(で、これを大量に処理するために必要なのは、ハンウェーの傘とマナの貯蔵だ。真世界オースにも雨は降るし、貸し出し用の傘があるかな?)


 住み込みの守衛に、急な雨に備えた傘の貸し出しがあるかどうか尋ねてみると、冷ややかな答えが返ってきた。


「傘の貸し出しぃ? なんでここでそんなことしてると思ったんだい? あんた士官様なんだろ? ニューキャッスルの魔道士詰所で傘借りればいいじゃないの」


 守衛は野良猫にするようにシッシッとリュウを追いやった。読書で忙しいらしい。


(やっぱり傘を雨具としては使わないんだな。自腹でハンウェーの傘を買うのはキツいから、守衛の言う通りに借りてこよう)


 請け負った作業について、図書館のスタッフと言葉を交わしたのはこれが最後だった。


 ここから四日間は黙々と展開デプロイの記述に費やした。マナの採集コレクトはリュウ一人では間に合わなかったため、音読調査の時間外にプリムラ・プロウライトを駆り出した。


 そうして約束の五日め。

 すっかり日が暮れてしまい夜の闇に包まれた図書館の正面玄関に、スタッフを招集した。

 メガネの男性司書は、すべてをリュウに放り投げて休暇を満喫していた。すっきりした顔の彼とは正反対に、リュウとプリムラは寝不足で目の下にくっきりクマが浮き出ている。


「遅い時間にお集まりいただき、ありがとうございます。蔵書点検が終了しました」


 リュウはマナのカンテラを片手に持ち、三人の司書と住み込みの守衛を大広間へ導く。プリムラは最後尾に控えめに並んだ。

 守衛の手を借りて大広間の入り口の扉を開く。


「おお」

「っはあー」

「うわ!?」


 三人の司書が感嘆の声を上げた。

 無数の小さな青い光が、暗闇の中で星のように煌めいている。


 プリムラは助手をしながら繰り返し見ている立場なのにも関わらず、純粋に楽しんでいる。

「何度見てもきれーい!」


 仕掛け人であるリュウは、片手を腰に当て片足に体重をかけた格好で、呆れ顔だ。

 

「司書さん。このマナの光は全部、目録カードが存在しない蔵書です。その数、八千」


「思ったよりもたくさんありましたねー! いやー、ありがとうございます。助かりました! あ、ついでに蔵書が紛失している目録もわかったりします?」


「ご期待通り。目録室も青い光でびっしりですよ。そっちは、開架にも閉架にも蔵書が見当たらなかったカードに光を灯しています。わかりやすいように抽斗の前面にも光でマークしたら、目録室がものすごい明るくなっちゃいましたよ」


「素晴らしい! 来年の点検もお願いしますね!」


(なにこの厚かましさ……)


「ところで士官様、閲覧室の隅に並べてある傘は何なんですか? 落書きだらけですけど」


「あれで今回の魔術を行使しました」


 四本の洋傘が、開いた状態で床に置かれていた。

 リュウがニューキャッスルの魔道具倉庫から持ち出したものだ。どの傘にも、リュウによって展開デプロイの内容が書き込まれている。


 一本めの傘は、書架の所蔵品の題名と著者名を読み込み、一冊分ずつカプセル化する。

 二本めの傘は、目録カードの情報を、一枚ずつカプセル化する。

 三本めの傘は、備蓄したマナの振り分けと、カプセルの移動のコントロール。

 四本めの傘は、エラー処理。カードに対して本が二冊あるとか、カードが汚れて読めないとか、そういうものに目印をつける処理だ。エラーになったカプセルはマナを赤色に変換コンバートする。


(やっぱりハンウェーの傘は使いやすかった。二十四本や四十八本骨の油紙傘だと、このすべての処理を一本の傘に書き込むことになるからごちゃごちゃするんだよな)


「あのう、士官様。ついでに聞いていいですか? どうして魔道士は傘を使うんです?」


「あらかじめ骨に番号をつけておけば、五段階術式を組み立てる時に言葉で指定しやすいんですよ。べつに傘じゃなくてもよくて、ビー玉に番号を振ってそれをポケットに入れておくとかでも構わないんですけど。軍隊とか学校とかで一斉に扱いたい時に、傘がわかりやすいんです。マナが集まる様子なんかも見えやすいですし」


「そういうことですか。勉強になりました。妻はそんなに丁寧に答えてくれないもんで」


「妻?」


「サンドラ・サンデーのことです。私にはもったいないくらいのいい女なんですけどね、いかんせん無口で」


「ええ!? ご夫婦だったんですか!?」


 忠実に職務をこなすサンドラ・サンデーと共に家庭を築いているのがこの男だというのが、にわかに信じられない。リュウの傍らのプリムラも、驚きを隠せずにいる。


「士官様のおかげで、現状が可視化されて大変助かりました。妻にはよく伝えておきます」


 三人の司書たちに見送られ、リュウとプリムラは図書館を後にした。


 フラッドリーヒル宮殿へと戻る転送で、リュウは疲れのあまり誤ってプリムラを伴い自室に戻ってしまった。慌ててプリムラを再転送しようとしたが、彼女はすぐにソファに崩れ落ちて寝息を立て始めた。その背中に毛布をかけると、リュウも睡魔に襲われベッドに倒れこんだのだった。

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