第21話 食堂

 女王より一週間のいとまを賜ったとはいえ、リュウは寝泊りの拠点としてフラッドリーヒル宮殿の自室に毎日戻っている。他者との交流の重要性を理解した彼は、雑談のチャンスがあれば逃すまいと前のめりになっていた。


 挨拶は自分から。

 宮殿内の移動は、魔術ではなく徒歩で。

 汚れた衣類は洗濯室へ転送するのではなく、自ら洗濯室へ持ち込む。

 食事は自室ではなく、食堂で。


 ハンウェーとの語らいの翌朝にこれらを実践したところ、さっそく収穫があった。


 兵士の食堂は質素だ。磨かれていない石の壁に囲まれ、天板に足を打ち付けただけのテーブルが並ぶ。その空間に一歩踏み入れると、食材と調味料の豊かな香りがリュウの食欲を刺激した。

 厨房と食堂の間に、配膳用の台がある。そこで各自が料理を選んで自分で皿に盛りつけることになっていた。


 配膳台の横には魔道士が一人いて、料理が冷めないように魔術で大鍋を保温している。ぼんやりと立っていた温め係は、リュウの姿を見ると慌てて姿勢を正した。リンドウ・リュウは女王が目をかけている異邦人だから、なんだかよくわからないが敬っておいたほうが良さそうだ、というのが宮内で働く者の間での共通認識だった。


 リュウはパンとスープをトレイに載せる。満席だったがタイミングよくメガネの女性の隣りが空き、その席に座ることにした。

 女性は、女王の勅令を携えてリュウの下を訪れた使節団の一員だった。リュウと同じ制服を着ている。襟の色が異なるのは、リュウが特別任用だからだ。


「おはようございます。サンドラ・サンデー」


 カークランド語の朝昼晩の挨拶は、グッド・モーニングやグッド・イブニングに似た成り立ちの句であり、魔道士の制約があっても発しやすい。なのにも関わらず、それすらもってしまうというのは、魔道士に見られがちな傾向である。

 サンドラ・サンデーも大方の魔道士と同様に無口なようだ。リュウと目を合わせて目礼するだけの反応だった。


「それ、美味しそうですね」


 それでもめげずに彼女の皿を指さして話をつなごうとすると、短い返答を得られた。


「キッシュ。最近、王都で流行ってる」

「ここのみなさん、朝からしっかり召し上がるんですね。ほら、あっちのテーブルの人たちなんか肉も魚も」

「あれは武道兵だから特に食べる」

「はじめて食堂に来たんですけど、メニューが多くて驚きました」

「この国はね、食道楽がいるから」


(それ、誰かも同じようなこと言ってたな)

「食道楽って誰のことか教えてほしいです。お願いします!」


「女王陛下」


(あの人なの!?)


 無礼な言葉遣いになりそうだったので慌てて飲み込んだ。女王のすらりとした姿と涼やかな顔が、食という趣味と結びつかず、リュウは戸惑う。

 その傍らでサンドラはさっさと食べ終え、席を立った。そして独り言のようなつぶやきを残して去っていった。


「暇なら、あなたの魔術で王立図書館の蔵書整理を手伝ってほしい。私の身内が勤めていて、困っている。私はここで音読調査の監督官をしなければならない」


 サンドラの背中を見送りながら、すっかり冷めてしまったスープを飲んだ。

 昨日の出来事を思うと、図書館へ赴くのは気が重い。パンを咀嚼しながらぐずぐずしていると、リュウの手元に転送マナの青い光が灯り、小さな紙切れが届いた。


 * * *

 蔵書整理がうまくいったら、あなたの手柄として陛下へ報告するつもりです。

    サンドラ・サンデー

 * * *


 紙に書かれたメッセージを確認すると、リュウは急いでパンを口に詰め込み、残りのスープを飲み干して、食堂を飛び出した。

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