第29話 肉
レストランに到着すると、勝手口のような扉が開いた。華やかなニューキャッスル通りのすぐ裏手とは思えないほど静かで、薄暗い。いかにも秘密の扉といった体だ。ふっくらとした年齢不詳の女性が、二人を招き入れる。
「いらっしゃい、キティ」
「いつも助かります、レディ・アリソン。こちらはリンドウ・リュウ。わたしの魔道士よ」
「お会いできて嬉しいわ。お噂はかねがね。うふふふふ」
レディ・アリソンは王家に連なる血筋で、身分違いの大恋愛の末、豪商の息子と結婚していた。勘当同然の縁組だったが、持ち前の器量でうまく立ち回り、今では王都で貴族や王族相手の御用聞きのようなことをしている。キャサリンはこの女性を姉のように慕っていた。
通された二階の個室からは、美しい中庭を見下ろすことができた。一階の一般客用のホールからは死角になっており、レストルームや階段も一般客とは完全に分けられている。
(このレストラン、前にプリムラと来たところだよな。二階にVIPルームがあるなんて知らなかった)
「どう? 素敵なお店よね」
「はい、以前一階を利用したことがありますが、ここから見る中庭は本当に素晴らしいですね」
「誰と来たのかしら?」
「プリムラ・プロウライトという魔道士です」
「ああ、あの子。恋人?」
リュウは首を横に振って否定する。
(なんか前にもこの質問されたよな。なんでそこにこだわるんだよ、この人)
今日は珍しい肉の仕入れがあるということで、レディ・アリソンがキャサリンのために開店前の特別な時間に席を用意したのだった。
テーブルを挟んでキャサリンと向き合ったリュウは、変装しても隠し切れない気高い美貌に息をのんだ。もう見慣れたと思っていたが、改めて見惚れてしまった。
二人は会話もなく料理を待つ。
食前の飲み物とパンに続いて運ばれてきたのは、ジャガイモと青菜を添えた厚切りのステーキだった。変哲もない一品に見える。
「お待たせいたしました。ミール・ビザールでございます」
「ずっとこれを楽しみにしていましたの! ありがとうございます、レディ・アリソン!」
給仕を終えた従業員とレディ・アリソンは、そっと退出した。
すぐにキャサリンは華奢な指でナイフとフォークを操り、小さな一口を食べる。うっとり味わったキャサリンは、いたずらっぽく微笑んだ。
「ねえ、リュウ。わたしが食べさせてあげる」
一口分の肉が刺さったフォークを片手に、行儀悪く身を乗り出すキャサリン。
突然のことに冷や汗をかくリュウの口元に、フォークが差し出される。
「ほら。あーん、して」
キャサリンの左手がリュウの顎に添えられる。
言うなりに開いた口に、肉が運ばれた。
「いい子ね。よく噛んで食べるのよ」
青い瞳に見つめられながらおそるおそる噛みしめると、上質な仔羊の味がした。
「これ、魔術で複写したお肉なのよ! 新しすぎて得体が知れないからって、宮廷では出してもらえないの」
椅子に座り直したキャサリンは、うきうきした様子で続きを食べ始める。
その後どうやって食事を終えたのか、リュウは覚えていない。緊張のあまりに記憶が飛んでしまった。
「おいしかったわ。付き合ってくださって、ありがとう。リュウ」
「あ……いえ……」
「ねえ、前から聞いてみたかったのだけど。あなた、ヨモツヘグイは知っていて?」
「……存じません」
「そうなの。残念だわ」
ナプキンで唇の油をふき取るキャサリンを見て、リュウも同じようにした。
「そろそろ帰らないとうるさく言われそうね。二人で同時に戻るとあれこれ聞かれてめんどうだわ。まずはわたしだけ転送してくださる?」
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