第30話 噂

 女王と時間差をつけてフラッドリーヒル宮殿へ帰還するため、リュウは王都で時間をつぶしていた。


 他に行くあてもないので、マロリー&ハンウェー商会へ足が向く。音読調査前の特需が終わり、この魔道具店を訪れる客もだいぶ減っている。開店直後の店先ではハンウェーが棚にはたきをかけていて、掃除ぐらいしかすることがないとぼやく。


「つい今さっき、魔術で複写された肉を食べたんですよ」


「クローン羊みたいな感じか。旨いの?」


「おいしかったですよ。羊の全体を複写することはまだできないはずです。肉片ををそっくりそのまま複写しているんだと思います」


「複写と復元の魔術って何が違うんだ? いまいちわからん」


「複写と復元の魔術は似て非なるものです。共通点は『対象の設計情報を得る』という工程と、『材料を用意する必要がある』ということ。たとえば書籍の複写や復元であれば、紙・インク・糸・糊などが必要です」


「違いは?」


「複写マナは、壊れた対象物なら壊れたまま写します。復元マナは、対象物が破損していて元の完全な設計情報がわからなくても、それを補って戻すことができます」


「あー、だから傘の修理依頼が少ないのか。魔道士は魔術で直しちまうんだな」


「とはいえ、大破して元の形もわからないような状態から復元するのは困難です。復元マナが自然と復元しようとする力に、魔道士の知見を加えて設計情報を補完していくんですが、どこまで補完できるかは魔道士次第ですね」


 なるほど、よくわかったとハンウェーはうなずく。


 先日、傘に魔術スクリプトを記入して魔術行使する様子を観察したハンウェーは、染め付けや刺繍などであらかじめスクリプトのフォーマットを持たせた傘を販売できないかと模索していた。

 しかし真世界オースの書物を読めない彼は、体系立てた魔道の知識を持っていない。

 そのためリュウとの雑談を通じて理解を深めようとしているのだった。


「肉の話に戻るけど、おまえ、誰とデートしたの? プリムラじゃないだろ」


 精緻な織り柄の三つ揃えに身を包み、頭髪をタイトに撫で付けた髪型。ふだんとは明らかに違うリュウの姿に、ハンウェーは隠すことなくニヤニヤ笑いを浮かべている。


 正直に答えるわけにもいかず、リュウは返事につまった。


 リュウの服の仕立てがあまりに上等なので、宮仕えの貴族の娘に手を出したのではないかというのがハンウェーの邪推だった。


「貴族の娘とうまくいったら、財力でおまえの研究も進むかもなあ」


(貴族どころか女王なんだけど……。たしかに女王の財布をひっぱれたら最高)


 リュウはあいまいな笑みでごまかした。


「だけど」少し間をおいて、ハンウェーは無表情でつぶやく。「魔道士と、じゃないヤツの色恋は難しそうだな。片方が嘘吐けなくて、もう片方は嘘吐けるんだろ」


 この話題をあまり長引かせたくないので、リュウは取ってつけたように別の人物の名前を口にした。


「そういえばこの頃、エミリーを見かけませんね」


 エミリーはこの店で小間使いをしている十歳の少女だ。


「学校行ってる。あいつ、孤児でマロリー様の養女なのよ。ずっとお屋敷で家庭教師つけてもらってたみたいなんだが、最近、家庭教師じゃなくて学校へ行きたいって駄々こねてな。店の営業時間と授業の時間がまるかぶりだから、あんまり店に出てない」


「孤児を引き取って育てているんですか?」


「そ。マロリー様の実子は全員、早くに亡くなってるんだ」


 左大臣マロリーの私邸に飾られていた男児の肖像画を思い出して、リュウの心は揺れ動いた。肖像画には、生没年の記されたプレートが添えられていた。


 同時に、マロリーの悪い噂も思い出した。


 マロリーは多数の異邦人の存在を秘匿していると見られている。リッド・リリジャールの失踪後に空位となった魔道士会AFS会長の座に、マロリー子飼いの魔道士が就いたのだが、それ以降、新規に住民登録される異邦人の数が減少しているのだ。井戸から異邦人が組み上げられると魔道士会AFSへ通報されて、そこから復元の魔道士が派遣される。その流れの途中で、異邦人出現の情報を握りつぶしているのだろう、というの話を女王から聞かされていた。


 魔道士会AFSは独立した民間組織である。国内の全ての魔術運用は魔道省の管轄下に置かれるが、異邦人発見の段階ではまだ魔術が関わっていないため、そこを取り締まることができない。


 組み上げられた異邦人はバラバラ死体と区別がつかないので、最初の通報先を地元の判事や治安部隊にするべきだ、という意見もある。だが、そこには時間の壁があった。組み上げから二十四時間以内に復元魔術を施さないと、腐ってしまう。普通の死体と同じように検分をしてから魔道士会AFSの魔道士派遣を依頼すると、復元が間に合わない。


 そして、復元前の異邦人はただの肉片骨片の集合なので、法に保護される人ではない。


 これらの要因が重なって、新規の異邦人数の減少についての調べは後回しになっているということだった。


「クッサ!」


 吐き捨てるような小言はハンウェーの声だった。同時に店の前に馬車が止まった。臭いの元は馬糞だ。


「何年経ってもこの臭いには慣れねえ」


(ハンウェーってワイルドな感じだけど都会っ子なんだな)


 馬車から降りてきたのは制服姿のエミリーだった。店のドアを開けて入ってきて、明るく元気よく挨拶する。


「リンドウ・リュウ様、いらっしゃいませ! お師匠様、こんにちは!」


「おう、おかえり。家に帰らずに店に来るなんて珍しいな」


「お師匠様、今日はこっちに泊まっていいですか?」


 ハキハキした口調と、青白い顔色が不釣り合いだ。


「どうしたんだ、急に」


「お家でなかなか眠れないんです。お義父様には傘の勉強すると言ってありますから大丈夫です」


「泊まるのは構わないけど、エミリー、何かあったのか?」


 エミリーはしかし、リュウの姿を見て遠慮する。


「ああ、こいつは客じゃなくて友達として来てる。大丈夫だ。話してみな」


 ぽつりぽつりと語り始めた。


「一年ほど前から、お家に人の出入りが激しいんです。お義父様は忙しい方なので仕方ないかな、と思っていたんですが、それにしても変なので時々様子をうかがっていました。それで……。お家に隠し部屋があるって気が付いたんです」


 うつむいて、スカートを握りしめている姿は弱々しい。


「探検するつもりでこっそり入ってみたら、歯や髪の毛や目玉が散らばってて……」


 泣きじゃくってそれ以上は続かない。そして優しく抱きしめたハンウェーの腕の中で、エミリーは眠ってしまった。


 異様な証言に、リュウとハンウェーは顔を見合わせて沈黙する。しばらくそのままエミリーを抱えていたハンウェーが先に口を開いた。


「ちょっと意味がわかんないから、また後で連絡するわ……。なんか、ごめんな。今日はこれで」


 ただの時間つぶしのつもりが不穏な事態となってしまい、リュウは暗い面持ちでフラッドリーヒル宮殿へと戻る転送魔術を唱えた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る