第26話 身支度

 プリムラによると、不正出版物の製造場所と実行犯の居場所は、すぐにあたりをつけられるということだった。


 水や汚れから紙を守る必要があるために、ある程度の広さの屋内である。そして、孤立した一軒家は目立つので、建造物の密集地であることが多い。そうなると、犯罪集団が拠点としているスラム街に自然と絞られてくる。それらの地名を、魔道士である自分たちがしらみつぶしに唱えていけば、そのうち正解にたどりつくというわけだ。


 こうして導き出された目的地は、イーストスラッグ。カークシティの外れの貧民窟だ。


 リュウは傘を新調するためにマロリー&ハンウェー商会を訪れたが、訪問の目的を聞いたハンウェーは、二人をおしとどめようとした。


「おまえら二人でイーストスラッグへ行く? やめとけ。そういうのは警察みたいな奴らに任せておけばいいんだ。君が作家だとか、そういう事情はわかったよ。だけどな、あそこはおまえらのように清らかな人間が行くべき場所じゃない」


「自分で言うのは恥ずかしいですが、僕は位階の高い魔道士です。危険には対処できるという自負があります」


「そういう問題じゃねえんだよ」


 ハンウェーの表情は険しくなった。口調は強い。人差し指でリュウの胸元をこづいて、苛立たし気に言葉を重ねた。


「そんなに立派な士官様の制服で行くのか? そっちの嬢ちゃんは真っ赤な可愛いおべべで行くのか? 自分たちがどういうところに行こうとしてるのか、わかってねえだろ。スラムに行くならもう少しそれらしい服を用意しろ。話はそれからだ」


 リュウは、くたびれた野良着を転送魔術で呼び出した。雪原地帯で防寒具の下に着ていたものだ。宮殿の自室にしまい込んでいた。


 プリムラは粗末な衣類を持っていなかったので、ハンウェーが着古した作業着を譲り受けた。サイズが全く合わないが、袖や裾をまくり上げて着ることでみすぼらしさが増して、目的には適っていた。髪飾りを外し、髪を雑にひっつめて結び、帽子を目深にかぶった。


 二人が着替えても、ハンウェーはまだ渋い顔をしている。


「うーん……清潔すぎる。こればっかりは今すぐにどうにかできるもんでもないか」


「僕は傘を買いに来たんです」


「ああ、そうだったな。何色にする?」


「白を二本」


 会計を済ませたリュウは、一本をプリムラに渡した。


「これはあなたの分です。あなた自身の手で展開記述子デプロイメント・ディスクリプターを書いてもらいます」


「デ、デプロイメント……? あたしが書く……?」


 プリムラは聞きなれない用語に目をぱちくりさせる。


「五段階術式で、最も重要で最もめんどくさく最も間違いやすいのが展開デプロイです。事前に展開デプロイの内容を記述しておけば、発動の直前にいちいち唱える必要がなくなります」


 存外プリムラの飲み込みは良く、すぐにこの新しい手法に納得したようだった。


「先輩が展開デプロイを唱えないから、ずっと不思議に思っていたんですよ。前もって準備してたんですね! やっぱり先輩はすごいと思います!」


「書いてほしいのはオーソドックスな転送魔術だ。何かあったら、すみやかにイーストスラッグから離脱したい。宛先指定はフラッドリーヒル。対象指定はプリムラ・プロウライトとリンドウ・リュウ」


「俺も、ジョナス・ハンウェーも加えてくれ」


 突然名乗りを上げた傘屋に、二人の魔道士の視線が注がれた。


「俺の傘がどんなふうに使われてるのか、実地で見せてくれよ」

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