第25話 贋作

「……とまあ、こんなことがあったんだ」


 左大臣の私邸での出来事を聞くと、プリムラ・プロウライトは目を輝かせた。


「やっぱり先輩はすごいと思います! 私だったら怖くてそんな招待状無視しちゃいますよ!」


(無視する方がかえって怖くない?)


 音読調査の合間の休日に、リュウとプリムラは私的な時間を共にすることが増えていた。この日もフラッドリーヒルの城下の広場で、雑談に興じていた。好天続きの豊作でにぎわう市場の雰囲気が、隣り合う広場にまで伝わってくる明るい昼下がりだった。


「マロリー様って、ウロヌマ・ウツツの強火ファンで有名だったらしいんですよね。奥様を大事になさる一方で、ウロヌマ・ウツツに夢中になり過ぎてたとか」


(左大臣本人の言い分とだいぶ違うけど、魔道士の言葉の方が真なんだよな)


 リュウが近況を語り終えると、プリムラが珍しく深刻な面持ちになった。


「あのう……昨日起きたことを先輩に伝えたいんです。でも、守秘義務を宣誓した関係でうまく伝えられるかどうかわからないんです……」


「というと、音読調査関係のこと?」


 こくりとうなずき、プリムラは鞄から一冊の本を取り出した。『対抗世界カウンターワールドクロスオーバー』の第四巻だった。魔道教練堂の蔵書印が押されている。プリムラは巻頭の登場人物紹介のページを開き、最初の行を指で指し示した。


『カンクロ』の主人公は「僕」だ。その「僕」の紹介文の末尾に加筆があった。「妹が一人いる」と。


 それを見て、リュウの表情は険しくなった。


「僕に妹はいない」


「やっぱり。そうですよね。あたしが読んだ時もこんなこと書いてありませんでした」


 プリムラは続けて二冊め三冊めを取り出した。どちらも同じく第四巻だ。「僕」の紹介文に、二冊めは「卵が好き」、三冊めは「碧眼」と加筆されている。


「僕は卵が好きだが、瞳は青くない。どちらにしろこんなことは書いてない」


 リュウが音読を試みると、「卵」の加筆の方は本編を音読できるものの、「碧眼」の方は本編の音読ができなかった。


「加筆内容の真偽によって、それ以降の本編が音読できたりできなかったりするってことか。たしか調査は昨日から四巻に入ったところだよな。調査用に納品された四巻がニセモノだらけだった、というところかな」


 限られた情報から推測するリュウの横で、プリムラは無言だった。彼女は四冊めのニセモノを差し出した。そこには単なる加筆ではなく改竄があった。

 正規版の登場人物紹介は「僕――対抗世界カウンターワールドで生まれ育った普通の少年」だ。

 改竄版では「僕――普通の若者」。


 思いつめた表情のプリムラとそれに対峙するリュウの様子は、のどかな広場とは不釣り合いで、通りすがる人々の視線を浴びた。二人は人の少ない方へ移動し、声を落として会話を続ける。


 プリムラは、書籍の改竄について、一般論としての説明をした。


「復元と複写の魔術を組み合わせるんです。まず、まるっと一冊複写して、次に特定のページだけ復元魔術で白紙の状態に戻して、そこに違う内容を書き込むんです」


 リュウがざっと目を通したところ、加筆や改竄があるのは「僕」の箇所だけだった。


「あたし、先輩のことが心配です。強盗に襲われたり、色々苦労して宮仕えになったのに、作品を荒らされたりして。これじゃ『僕』のキャラが台無しですよ!」


 案ずる気持ちを述べていたプリムラだったが、後半は作品愛ゆえの憤りにすり替わっていた。どちらにしろリュウへの善の情であることに変わりなく、リュウは嬉しく思った。


 リュウは最後に受け取った改竄版の四巻に、自身のみが解錠できる防御術を施してプリムラの鞄へ戻した。そして片手で他の三冊のニセモノを持ち、もう片方の手でプリムラの手を引く。


「まもなく陛下への活動報告の時間です。おそらく昨日の音読調査で起きたことは、すでに監督官から陛下へ報告されているでしょう。それとは別に、僕は『カンクロ』の著者としてニセモノの取り締まりを行いたい、ということを奏上します。プリムラ、貴女にもぜひ協力してほしい」


 すぐに女王の居場所を宛先とした転送魔術を唱えたが、失敗に終わった。おそらくプリムラの入室が許可されない場所にいるのだろう。二人は歩いてフラッドリーヒル宮殿に入り、女王の元へ向かうことにした。ところが女王の行動予定がわからず、どこにいるのか見当がつかない。誰が女王のスケジュール管理をしているのかも知らない。ここにきてようやく、リュウは自分がよほど特別なことを許された立場にあると認識した。


 最終的にプリムラの同伴をあきらめた。いつも通り、転送魔術でリュウ一人が女王の元へ参じることとなった。


 * * *


 そこは魔道教練堂だった。フラッドリーヒル宮殿の東の離れであり、第二次音読調査の会場となった円形建物である。リュウが転送魔術によって移動した先はその中央広間で、立ったまま話し込む女王と魔道長官の姿があった。女王はすぐに会話を中断し、現れたリュウへ声をかけた。


「はなはだ遅い。何をしていた、リンドウ・リュウ」


「申し訳ございません。一名を伴って参じようとしましたが、お許しを得ていなかったために防御壁を越えられませんでした」


 女王は何も言わなかった。

 立派な髭を蓄えた魔道長官は、苦虫を噛みつぶしたような顔をしている。魔道兵を束ね、国内の魔術運用の統括も担う彼は、リュウの気ままな魔術行使を叱りたかった。しかしリュウは、他の魔道士官とは異なり女王に直接仕えている。魔道長官が横から指導をするわけにもいかず、歯がゆいのだ。


三冊・・足りぬ。プリムラ・プロウライトはいずこか」


 女王は珍しく苛立った様子で、音読調査用の本の紛失をただした。持ち出したのがプリムラであることの調べはついているようだった。


 プリムラが持ち出したのは四冊だ。女王と魔道長官が数を間違えているのか、もともとの在庫管理が甘かったのかはわからないが、ラッキーとばかりにリュウは手に持った三冊を差し出した。


「こちらにございます。陛下」


「持ち出したのは、誰そ」


「プリムラ・プロウライトです。彼女から受け取り、ニセモノが出回っていることを知りました」


 魔道長官が口を挟んだ。


「ふん、やはりか。命令系統を無視して報告するなど言語同断。その女には再教育が必要だ! その日暮らしの単純労働者をかき集めて王宮で働かせるなど、どだい無理なことなのです。陛下、おわかりいただけましたかな」


 この魔道長官は魔道士ではない。魔道士が公職で枢要な地位に就いた前例はない。特に規制する法令はないが、コミュニケーション上の不利や、生まれの良い者ほど魔道士にならないことが原因だと考えれられている。


「プリムラ・プロウライトの処遇は後ほど。今、われが問いたいのは贋作のこと。リンドウ・リュウよ、その三冊はたしかに偽りの筆か?」


「不正な加筆があることは事実です。加筆された内容には、正しいものも間違ったものもあります」


「魔道長官、検品に不備はなかったか?」


「検品の手順に問題はありませんでした。正規の工程で製作された出版物は、不正複写防止のために、製造年月日と場所をトレースできるように記録されています。使用される紙・インク・綴じ糸・糊なども同じように管理されています。魔道士がその情報を唱えることで真正を証明できます。そしてこれらの贋作、資材はすべて正規のものでした。複写魔術が実行された場所も、登録された印刷所でした」


「正規の出版物に、正規のインクで書き足したということか」


「そのように見受けられます。横流しされた正規の資材を用いて、隠れた場所で不正に複写し、売って稼ぐという手口はこれまでにもありました。しかし今回の事案は、数文字から一行程度の加筆。販売による利益が目的ではなさそうです」


「魔道長官はどう推し量る」


「音読調査の妨害か、著者を貶めるため、といったところかと推察いたします」


 この魔道長官の考えた著者を貶めるという動機は、数日後に否定されることとなる。一般流通している分には加筆・改竄が見られなかったため、世間でのイメージが損なわれる可能性はなかったのだ。


 二人の会話が途切れたのを見計らって、リュウは進言した。


「おそれながら陛下。我が手で不正を暴くことをお許しいただけますよう、お願い申し上げます」


「貴様に何の関係がある!」


 また魔道長官が口を挟んできた。がなり声がドーム状の屋根に響いた。


「僕は著者です。僕がメッセンジャーです。そして女王陛下にお仕えする魔道士です。著作を汚され、主の計画を中断されたのです」


「なに!?」


「許す。け」


 リュウは一礼して魔道教練堂を退出し、待っていたプリムラを伴ってフラッドリーヒルを後にした。

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