第18話 図書館
(まあ、今までがラッキーすぎたんだよな。常識ないし、人付き合いもしないのに、なんとなく飯を食えてしまっていた)
リュウはフラッドリーヒル宮殿の自室から転送魔術で王都の図書館へ移動した。供の者はなく、単独行動だ。
転送魔術で出会い頭の衝突が起きないよう、不特定多数の者が訪れる施設には着陸ポートがある。図書館のスタッフは着陸ポートに現れたリュウを見て、すぐに近寄ってきた。
「ようこそ王立図書館へ。リンドウ・リュウ様ですね。お話しは伺っております」
「はじめまして。まずはカークランドと
「承知いたしました! それではご案内いたします!」
この図書館は尖ったアーチの連続する高い天井が特徴的な石造りの建物で、通気は良いが日光をあまり取り込まない。陽射しの眩しい外界からは切り離された静謐な空間だった。
薄暗い館内に目が慣れるまで、少しかかった。
スタッフの説明によるとここの蔵書数は巻物と冊子を合計して約百万ということだった。
「従三位の魔道士様に対して失礼なご案内と受け取られるかもしれませんが、初等教育における地理・歴史の教材がございます。基礎の基礎から確認されたいということでしたら、こちらがおすすめです。それから各地の風土のことでしたら、紀行文をご覧になるとよろしいでしょう」
(あたりまえだけど、漫画でわかるようなのはないんだよな。けっこうめんどくさいぞ……)
司書の言葉に従い、子ども向けの教本を開く。貴族の子弟が使うものらしく、巷の出版物よりも上質な紙と製本だった。
* * *
目次
1.カークランド王朝の成り立ち
2.歴代の王
3.都について
4.城下町について
5.農業
6.牧畜
7.漁業
8.魔道
9.民の暮らし
* * *
「この教科書は主に現代のことについて書かれていますね。カークランド王朝以前についての本もご紹介願います」
「ここに記述がありますよ」
リュウの問いかけに対して司書が指し示したのは「1.カークランド王朝の成り立ち」の章の冒頭、「真紀元年、魔道の発見と時を同じくしてカークランド王朝が誕生しました」という部分だった。
「それ以前のことを知りたいのです」
「と、言いますと?」
「真紀元年より前のことを知りたいのです」
「そんなのわかりませんよ」
(何言ってんだこいつ)
司書だと思っていたが、雑用などの非専門職だったのだろうか。リュウはすぐにそのスタッフとの会話を打ち切った。
薦められた二冊と自分で棚から抜き出した数冊を持ち、閲覧席へ移る。他に来館者がなかったので、一番大きな丸テーブルを一人で独占した。ページをめくる音が静けさの中に溶けていく。
リュウはまず、活版印刷時代の古い本にざっと目を通し、それから複写魔術時代の新しい本を読み始めた。
複写のマナが発見されてからおよそ百年。書籍の製造工程は活版印刷から魔術による複写へと完全に移行している。
活版印刷では無数の小さな活字を並べて版を作り、それを印刷していた。一方、複写の魔術では手書きの原稿をそのまま複製する。そのため、写本の時代に逆戻りしたと評する者もあるが、旧来の人の手による写本との大きな違いは、色彩豊かな挿絵の複製も容易になったことだった。読みやすく美しい文字で清書する書家と、挿絵を担う画家。彼らの作り上げる書籍が、市民の読書熱を上げていた。
リュウは、美しいカラー挿絵の入った旅行記でカークランド各地の都市の様子を眺めている。しばらくすると、先ほどと似た違和感が生じた。
(どの町の歴史も「数百年前」「数千年前」といったアバウトな情報しかない……)
今度は別の司書に尋ねてみた。
「この辺りの記述をもう少しちゃんと掘り下げた書物を紹介してほしいです」
「え? どれもそんなもんだと思いますよ。昔のことなんてどうやって調べるんですか?」
さらに相手を変え、三人めの司書にも同じリクエストをしてみたが、反応は似たようなものだった。
そしてこの時、違和感が真っ黒な不安に変容し、リュウを包み込んだ。
硬いタイルの床に立っているのに、流砂に足元を飲み込まれたかのようだった。
ゾッと総毛立ち、身震いする。
自分が調べようとしているのは何だったか?
ここの書架を埋め尽くしている書物や巻物は、何を記録したものなのか?
この世界には、文字があるのに過去の記録の蓄積がないのか?
否。過去はたしかに在る。
女王キャサリン・カークランドには親がいて、祖父母もいる。
複写魔術以前の時代の、活版印刷の本が残っている。
だが、人々の社会や技術はどのようにそこまで辿り着いたのか。
今日も日は昇り、また沈む。前へと進む時間はたしかに刻まれているのに、後ろに堆積しているはずの時の層が見当たらない。
呆然としたままリュウは図書館を後にした。
本を片付けて館外へ出るまでの記憶が欠落している。気付けば図書館の前庭に立ち尽くしていて、全身に初夏の午後の陽射しを浴びていた。
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