第14話 プリムラ・プロウライト

「次の方、どうぞー。はい、名前と職業教えてください」


「ジョージ・ジェラード。復元の魔術師。病院で医師の補助をしている」

「じゃあ復元さんは一番の待合室へ進んでくださいね。はい次の方」


「フィリップ・パスカルです。複写の魔術師で、工務店に努めておりました」

「複写さんは三番の待合室です。次の方どうぞー」


「エミリア・エドワーズ。転送の魔術師で、林業に従事してます」

「転送さんは二番の待合室に進んでください」


 選考過程の前半は、魔道本人認証と守秘義務の宣誓。会場は王都のニューキャッスルだった。


 前半はすでに終了しており、無事に通過した者が続々と北の小都市フラッドリーヒルの宮殿に集結している。

 応募者の数が多いため、便宜的に、得意魔術によって待合室を振り分けられた。


 選考過程の後半は、識字能力の考査。会場はフラッドリーヒル宮殿の小部屋。


 リュウの王宮魔道士官としての最初の仕事は、この後半の試験官を務めることだった。


(僕がこの仕事を担当する必然性は聞いて納得したけどさ。それにしても僕一人で、五日で三百人を面接するってブラックすぎるだろ)


 心の中を愚痴でいっぱいにして、リュウは待機していた。


 本日は、考査期間の三日め。真ん中の日に当たる。

 時刻は朝の六時。

 一人の監督官が五日で三百人の応募者を捌くために、考査は早朝から開始されていた。


 試験会場の小部屋には、机を挟んで一対の椅子がある。奥の椅子に試験官が、ドアに近い方の椅子に応募者が座る。

 机の紙には課題となる十の短文が記されていて、応募者はそれを声に出して読み上げる。

 スムーズに文字を読めることを確認するための試験だった。


 カークランドの各地に初等教育の学校はあるものの、就学は徹底されていない。労働力としての子どもは、読み書きを習うことなく、口伝で魔術を習得させられることがある。識字能力の低い者は音読調査に適さないため、ふるい落とす必要があった。


 この仕事がリュウに割り当てられた理由はただ一つ。

 万が一、異邦人の魔道士が紛れ込んでいた場合に、早期に引き抜くためだ。


(まあ、いないと思うけどね。だって、異邦人は魔術で復元されて息を吹き返すんだ。真世界オースで最初に接触するのが魔道士なんだから、その時点で魔道士会AFSに一報が入る。その異邦人が後日魔道士になったとしたら、すぐにわかるだろう)


 ニューキャッスルでの、応募者の最初の身元確認も厳重だったと聞く。

 女王は何かを警戒しているようだったが、リュウがわけを訪ねる機会はなかった。


(さて、今日もこなすか。まずは六十一人め)


「最初の方、どうぞお入りください」


「プリムラ・プロウライトです! どうぞよろしくお願いいたします!」


 勢いよく入ってきたのは、赤いリボンに赤い傘の魔道少女だった。


「ミズ・プロウライト!?」


「せ、先輩!」


 リュウの顔を見たプリムラの目がうるんだ。

 じわじわと盛り上がった涙が瞼からあふれ、頬を伝って襟を濡らすほどに流れた。


「うわあああああん、うわあああああん」


 人目もはばからずに大泣きするプリムラ。

 部屋の隅に待機していた兵士は、警戒心をあらわにした。剣の柄に手をかけたのを、リュウが制する。


「この方は僕の知人です。なぜ泣いているのかはわかりませんが……」


「うわあああああん。先輩がご無事で安心しましたあああああ。うわあああああん。手紙も届かないから心配していたんです。ぐすっ」


「あ、ああ、僕が宮仕えになったことを知らなかったので、通信できなかったんですね」


 ほんとにただの知人か? という疑惑の視線を投げかけつつも、兵士は腕を体の両側に戻して元の体勢になった。


「ぐすっ、ぐすっ」


「すぐに考査を開始します」


 この時のプリムラの視線は非常に雄弁であった。


 ここまでの経緯を聞かせてくれないんですか?

 あたし、一晩、部屋を貸したんですよ?

 人情って知ってます?


(情報量多いな。目ヂカラがすごい)


「個人のご事情もおありでしょうが、まずは考査を進めたいと思います」


 プリムラはしぶしぶ従った。

 机の上の紙を手に取り、課題の文章をすらすらと読み上げる。

 印刷会社の元社員だ。当然だろう。

 九つの文をすぐに読み上げ、最後の一文となった。


「『対抗世界カウンターワールドの大人はほとんどみんなスマートフォンという片手サイズの小箱を持っていて、その中に何千冊もの本に相当する情報を詰め込んでいた』」


 スマートフォンという慣れない単語につかえながら音読したプリムラは、興奮した面持ちになった。


「これ、『カンクロ』ですよね!?」


 リュウは無反応を貫いた。他の応募者から同じことをを聞かれた時には何も答えなかったので、プリムラだけを特別扱いできないと思っての対応だった。


 これまで、プリムラも含めた全員が、スマートフォンという慣れない単語を声に出すのに苦労していた。


 そして、読んだ後の反応は二種類に大別された。


 以前からのカンクロ読者であれば、フィクションとして楽しんでいた描写が事実である、ということに驚く。


 カンクロ未読の者であれば、ただ単純に、この描写がフィクションではないという事実に驚く。


 対抗世界カウンターワールドについての描写を読み上げた時に、何か他者と異なる反応をする魔道士があったら報告せよ、と女王から命じられていた。


(今のところみんな想定内の反応だし、たぶん、残りの全員もそうだろうな)


 この考査の五日間は退屈なまま過ぎていくだろうとリュウは思っていた。そこへ現れたのがこのプリムラ・プロウライトだった。


 彼女は無事に選考過程の後半を通過して、フラッドリーヒル宮殿に残ることを許された。


 考査会場を去る直前に、プリムラはリュウに向かって言い残した。


「あたし、先輩とお話したいです」


 リュウは首肯し、微笑みを添えた。

 王都にいた時にプリムラに対して感じていた鬱陶しさが、今は薄れていた。


 そのさらに二日後。


 三百人すべての選考を終え、落第したのは二十五人。辞退者はなく、二百七十五人が第二次音読調査の調査員として採用されることとなった。

 もちろん、プリムラ・プロウライトもその一人である。


 考査の監督を終えたリュウは、宮殿に滞在するプリムラへ手紙を送り、城下町の一角に呼び出した。


(不思議と、会話をしたい気分なんだよな)


 魔道士の誓約の下で発声できる言葉だけを使って会話をするのは疲れる。それなのに、リュウは今、休息よりも会話を欲している。


 拉致のように宮殿に連れてこられてから、初めての外出だった。高地の爽やかな空気を吸い、クリアな陽光を浴びた。季節が少し進んでいた。


 この城下町には王都のような凝った建築はなく、路面の舗装も粗雑だった。すれ違う人々は、宮殿で見かけた顔が多い。

 宮殿から少し離れた市場では、売り手も買い手も淡々と取引をしていて、不特定多数の相手を呼び込むような威勢のいい声は聞こえない。よそからの行商人のようなものも少なく、この町の中で金品の取引が完結しているように見えた。

 老いた狐のような男の言うとおり、寂れている。


 その市場の片隅の休憩所で、リュウとプリムラは落ちあった。


「お待たせして申し訳ありませんでした。またお会いできて嬉しいです。ミズ・プロウライト」


「ああ、本当に先輩なんですね! 嬉しいです! もう会えないかと思ってました」


「僕に直接私信を送られても、宮殿のセキュリティに弾かれて受信できないんです。宮殿の通信室宛てに送っていただければ、検閲されてから私へ転送されます」


「そういうことを聞きたいんじゃなくて……。先輩の身に何かあったんじゃないかと思って心配していたんです」


「何があったかというと、僕は王宮魔道士官に任命されたんです」


「おうきゅうまどうしかん!? 異邦人で魔道士で作家で宮仕えなんですか!? 属性多すぎますよ!」


「……」


「先輩は働きすぎだと思います。最後にお会いしてから一ヶ月くらい経ちますけれど、前は目の下のクマはありませんでした」


「これはこの一週間が忙しすぎただけですよ。今は何の予定もありません」


「おつかれの先輩には、いっぱい食べていっぱい休んでほしいです!」


(ああ、そうか。この子は僕のことを気遣いながら話してくれるから、心が休まるんだな)


 二人は互いの近況を報告しあった。

 そのあとも他愛もない雑談をして時を過ごし、気付けば夕の冷たい風が吹き始める頃となっていた。

 目の前の市場も八割方が閉店している。


 ここフラッドリーヒルに豊かさはなく、城下でも街路のマナ灯は少ない。

 王都育ちのプリムラは、マナの街灯にこうこうと照らされた夜に慣れている。彼女は迫る夜闇に不安を覚えた。


「冷えてきたし、あたし、そろそろ宮殿に戻ろうと思います」


「ありがとうございました。今日は楽しかったです」


「あたしもです!」


「立ち話もなんですし、今度は僕の部屋でお茶でも飲みながらゆっくりお話したいです」


「え? 先輩の、士官のお部屋って……大部屋じゃ、ない、ですよね?」


「はい、個室をいただきました」


「ご、ごめんなさい! それはちょっとまだ無理です!」


(無理って何)


「あ、あたし、食堂の時間も決まってますので早く帰らなきゃ!」


 プリムラは顔を赤くして宮殿へ向かって走り去った。


(僕も宮殿へ帰るのに、先にいってしまった。駆け足で)


 その後姿を眺めるリュウに、市場での仕事を終えた商人が声をかける。


「おい、にーちゃん。急ぎすぎだよ。女の子誘うにも順番ってもんがあるだろ。食事したり、いっしょに出歩いたりして仲を深めるんだよ。それからだよ」


「仲を深めるとかそういうつもりはなくて、ただ話をしたかっただけなんです」


 リュウとしては正直に述べたことなのに、商人のオヤジはそれを言い訳と解釈したようだった。


「かーっ! これだから真面目な士官様はよくねえ! 『ただ話をしたい』とかそういう空気じゃなかっただろ、あんたたち二人とも!」


 オヤジの剣幕に押され、恋と愛についての説法を聞かされているうちに、完全に日が暮れた。

 野犬の徘徊する時間になってしまったので、リュウの転送魔術でオヤジを家まで送り届け、そこからもう一度転送の魔術で宮殿へと戻ることにした。


「士官様さ、あんた素直で親切だから、女の子に勘違いさせて泣かすなよ」


「ご忠告、いたみいります」


「いやー、俺も久しぶりに恋バナできて楽しかったわ。わざわざ送ってくれて感謝するよ。ありがとう、士官様!」


 強引なオヤジだったが、リュウは陽気な感謝の言葉を受け取って、悪い気はしなかった。

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