第二章 アンディファインド
第12話 老いた狐のような男
(暇すぎる。快感からの落差がすごい……。このままだとまた何か派手に燃やしたくなってしまう……)
勅令によりリュウが特別任用されて三日。フラッドリーヒル宮殿の二階にバスルーム付の客室をあてがわれ、放置されている。バルコニーに出ることは許されているものの、ドアは開かず、転送魔術も効かない。
食事や着替えを運んでくる使用人との会話といえば天気の話くらいで、たいした情報量がない。
いくつかあるカークランドの王宮の中で、フラッドリーヒル宮殿は最も北に位置する。国内に現存する中でもっとも古い宮殿だ。数百年前にその周辺を支配していた別の王朝が建てたもので、王家の婚姻によってカークランド王朝に併合されたという。王都の建造物と比べると、素朴で華やかさに欠ける。
リュウの居場所は王宮の客室としては狭く、調度も質素だった。しかし雪原地帯の石造り茅葺屋根の家にいた身からすれば、圧倒的に居住性が良い。
部屋のあちこちを調べまわるのは初日で終わった。
二日めは疲れが出てひらすら寝た。
三日めはバルコニーで景色を観察し、耳を澄ませた。
四日めの今日は何をしよう。
(何もせずに食べものが出てきて、清潔で上等な寝具と衣類が提供されるこの待遇、控えめに言って最高。世界間移動の研究の時間をくれるのなら、ここで働くのも悪くないかもな)
バルコニーで過ごす時間が心地良かったので、朝食をそこでとることにした。
現実感のない時間を過ごすうちに、女王に対する憤りが薄れていた。もちろん、これまでの経緯を思い出すたびに怒りが再沸騰するのだが、しばらくするとなぜか心が穏やかになってしまう。
名前のわからないフルーツを食べながら温かい白茶を楽しんでいると、隣のバルコニーから声をかけられた。
「そこのお若い客人、この宮殿はお気に召しましたかな?」
老いた狐のような男だった。
リュウは無言で会釈する。
(何者だ? ビロードのガウンなんか羽織ってるから使用人ではないよな)
「それはフラッドリープラムといってこの高地の特産品じゃよ」
「おいしいです」
「そりゃそうじゃ。とても丁寧に栽培されている。早生のものが特別に献上されるんじゃ」
「貴重なものなんですね」
「食道楽がいるからな」
「……」
「ほっほっほ。昨日の夕食の魚は南方の沿岸部から転送されてきたものじゃよ。茶葉も、南の産物じゃな。転送魔術の発展が、このような辺境にも豊かな糧をもたらしたのじゃ」
「辺境……? フラッドリーヒルの城下町はとても栄えていると聞きました。たしかに地理的には王都から離れていますが」
「町にいて景気良さそうに見えるのは王宮の関係者ばかりで、外へ出れば寒村が点在するだけの痩せた土地じゃよ。もともとここには貧しい小国があった。数百年前、カークランド王家との婚姻によって併合された」
「貧しくとも魔道で発展した地域もありますよね」
「この辺りはそうならなかった。ここの人間はウワサ好きじゃ。あることないこと何でも喋る。その輪に入ることのできない魔道士の居場所はないのじゃ。立身を夢見て魔道を修めた若者は王都へ出ていく」
「……」
「魔道士は言の葉のしもべ。そういうことじゃよ」
「……」
(こいつ、魔道士アゲてんのかディスってんのかよくわからないな)
リュウは返す言葉をうまく紡げなかった。
その様子を見つめていた老人は、別の話題に切り替えた。
「見たところ、貴方は異国の出身のようですな」
「あっ……、はい」
「貴方のように若く、異文化を知る方とお話しするのはとても楽しい。ぜひまたゆっくりとお話をさせていただきたいんじゃが、よろしいかな?」
「はい」
「ほっほっほ。それは嬉しい。次の機会には、バルコニー越しではなくもっと近くでお話ししましょう」
細い目をさらに細めてにこやかにリュウを誘う老人と、それを受けて、はにかむリュウ。
少し空気が和らいだところで、老人の立つバルコニーの奥から、童女の声が聞こえた。
「――様ぁ! いらっしゃいますかぁ?」
老人は声の方を振り向いて二言三言発した後、リュウに向きなおった。
「ああ、もう時間じゃ。何かと忙しくてな。それでは最後に大事なことをひとつ。そのぉ、いらぬ世話かもしれんがの。雇い主には気を許すことなきよう、くれぐれも注意されよ」
(は?)
「あれは好奇心だけが原動力で、老人の諫言を聞き入れぬ」
「……」
「ほっほっほ。そう思いつめた顔をしなくてもいい。ただ、困った時には
老人はにやりと笑った。
「それでは良き滞在を」
リュウは再び無言で会釈をし、老人を見送った。
カップの中の白茶はすっかり冷めてしまった。
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