第11話 プロミネンス

 翌朝早く、聞きなれない音で目を覚ましたリュウは窓の外を見て青ざめた。


 雪の残る平原に、いかつい使節団がいた。


 甲冑や魔道具で身を固めた総勢十五名。

 比喩ではなく文字通りの錦の御旗を掲げている。金糸銀糸で刺繍された王家の紋章が朝日を浴びて輝いていた。

 起床のきっかけになったのは、この人数が同時に雪を踏む音だったようだ。

 従三位の実力を警戒してか、家屋から距離を取っている。


(だからあれほど集合住宅フラットの盗聴対策をしろと……!)


 しばらく様子を見ていたが、向こう側から何のアクションもない。訓練を受けた使者たちは何時間でもそのまま立ち続けるだろう。

 リュウは観念して身支度をする。

 ポケットに一枚の紙を入れて、ドアの外へ出た。


 使節団の中でただ一人、武装をしていない壮年の官吏がリュウと相対する。


「我等はカークランド女王キャサリン・カークランドの命に依り来るカークランド国使節団なり。貴殿は魔道士会アソシエーション・フォー・ ソーサラーズ従三位リンドウ・リュウか」


「はい」


「此れより魔道本人認証を行う。従三位リンドウ・リュウおよび魔道士官サンドラ・サンデー、こちらへ」


 もったいぶった口調だが、平たく言えば魔道士の口述と手記によって真実を確認する工程である。

 まず魔道士官が口を開いた。


「此れなる男リンドウ・リュウは、大魔道士グランドソーサラーリッド・リリジャールに依り復元されし異邦人なり。大魔道士グランドソーサラーリッド・リリジャールの元で魔道を修め、真世界オースと契りし魔道士なり。魔道士会に依り従三位を授けられしものなり」


「我が名は竜胆りんどうりゅう日本ひのもとに生まれ、大魔道士グランドソーサラーリッド・リリジャールに依り復元されし異邦人なり。大魔道士グランドソーサラーリッド・リリジャールの元で魔道を修め、真世界オースと契りし魔道士なり。魔道士会に依り従三位を授けられしものなり」


「両名、唱えた言葉を此の紙に記し、署名するように」


(お上の仕事はすべての工程がめんどくさすぎるんだよ。何もかもが長い)


 署名が終わるのを見計らって、官吏は巻かれた書状を取り出した。

 ゆるやかなしぐさでそれを広げる。


(はー……王宮侵入の件の逮捕状かな……。死刑だよね、たぶん。短い人生だった……)


 諦念の表情を浮かべるリュウに向かって、官吏はゆっくりと書状の内容を読み上げた。


「女王陛下の詔を発する。

 『勅令

  官吏任用の令を以って次の者を王宮魔道士官として特別任用する

    魔道士会アソシエーション・フォー・ソーサラーズ従三位リンドウ・リュウ

  署名 キャサリン・カークランド

  真紀二百二十五年 四月二十五日』」


(え?)


「すみません、ついていけません。もう一度繰り返していただければと思います……」


「『官吏任用の令を以って次の者を王宮魔道士官として特別任用する』」


「僕が王宮魔道士官になるということですか?」


「左様」


(な、なんで?)


 おまえに拒否権はない、という無言の圧力を使節団全体から感じる。

 全くわけがわからないが、リュウは丁寧な言葉を選んで返答した。


「畏れ多く、賜ります」


 野良の魔道士として過ごしていたリュウが王宮で働く身分になるというのは、幸運ではある。

 だがあまりにも突然のことで、不信感しか覚えなかった。

 どのような経緯でこの勅令を出すに至ったのか、さっぱりわからない。


(師匠もたいがいだけど、このキャサリンて奴も相当自分勝手だよな)


「勅令は直ちに効力を発揮する。我等と共にフラッドリーヒル宮殿へ参じるように。宮殿での衣食住は保証される。支度の時間をやる。見たところ家畜もいないようだから五分で充分だろう」


「五分もいりません。五秒で充分ですよ」


「何だと?」


(そんなら僕だって好きなようにさせてもらう!)


紅炎プロミネンス!!」


 リュウは速く短く唱えた。


 直情に駆られた声をトリガーにしてリュウの背後に巨大な火柱が上がる。


 一瞬で家屋全体が炎に包まれた。


「魔術か!?」

「いや、詠唱がなかった!」

「物理火災!? こんな急に? 火元はどこだ!」

「熱い!」

「リリジャール様の資料が燃えてしまう!」

「熱い! 熱い!」

「早く消火しろ! イーデンとガードナーはリンドウ・リュウの身柄を安全なところへ! サンデー、水を転送して時間を稼げ! 他の魔道士は家の周りの空気を遮断しろ!」


 先ほどまで慇懃な態度で勅令を読み上げていた官吏は、うってかわって切迫した様子で指示を出す。指示の内容は単純な火による火災を想定したものだった。

 突然上がった炎と熱に怯え、使節団の整列は乱れている。

 甲冑で身を固めた武道兵二人がリュウの両脇を抱えて、家から遠ざける。

 魔道兵たちは慌てて油紙傘を広げ、一人ひとりが空気を遮断するための魔術の詠唱を始めた。


「急げ! 準備ができたものから発動して構わない!」


 八人の魔道兵がそれぞれのタイミングで魔術を発動するとどうなるか。


 まず、採集コレクトでマナの取り合いが起こり、充分な量を確保するまでの時間がかかる。

 そして最初の一人めが実行エグゼキュートすると、対象である「家の周りの空気」をとらえて除去し、新たな空気の流入が起こらないように遮断する。

 後続の魔道兵の実行エグゼキュートは対象となる空気を捕捉できず、空振りとなる。


 空振りとなった七人が舌打ちをする横で、一番乗りだった魔道兵がうろたえていた。


「俺の魔術はたしかに発動した! 空気を遮断したのに火が消えない!」


(ざまぁみろ。それ、物理火災じゃなくてマナの炎だからな。僕が備蓄しておいたマナが尽きるまで消えないんだ)


 ごうごうと燃え盛る炎の前に、使節団はなすすべもなく立ち尽くす。


「何なんだこれは!」


 リュウをおさえている兵士の一人が、リュウへの問いかけともただの嘆きともつかない声を上げた。


(これが展開記述子デプロイメント・ディスクリプターの威力だ!)


 リュウは声にこそ出さなかったが、優越感に浸り、心の中で多弁になった。


(五段階術式の組み立ては、必ずしも声に出す必要はないんだ。その証拠に、聾唖の魔道士は筆記や手話で魔術を行使する。僕は、五段階術式で一番めんどくさい展開デプロイの工程を中心に、あらかじめ一枚の紙にスクリプトを書いてポケットに入れておいた。そのスクリプトに短い名前をつけて、実行エグセキュートのトリガーにしたってわけ)


 かつて大魔術師グランドソーサラーの住まいだった家が燃えているのを見て、魔道兵たちは口惜しさに狂いそうだった。


 しかし、彼らの使命はリンドウ・リュウを召し上げることであって、リリジャールの資料の保全はそこに含まれていない。


(研究成果も次回作の原稿も横取りされてたまるかよ。全部燃えてしまえ!)


 茅葺の屋根が焼け落ちるのを見て、使節団を率いる官吏は早々に消火をあきらめた。

 武道兵も魔道兵も命令に従い、退去を始めた。


(快感! こっちの世界に来てからこんなにスカッとしたの初めてかもしれない。くせになりそう……!)


 使節団が集めた転送マナの青い光に包まれ、リュウはフラッドリーヒル宮殿へと移動した。


 こうしてリュウは、リリジャールとの思い出を燃やし、次回作の構想と世界間移動の研究ノートを頭に詰め込んで、八年過ごした雪原地帯に別れを告げた。


 ~第一章 終~

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