第8話 傘職人
ジョナス・ハンウェーと名乗った傘職人は、大柄な見た目に反して小さな声でボソボソと話す男だった。商品の説明だけを簡潔に述べた。
ハンウェー傘の中棒は木材、生地は防汚防水処理を施した絹、生地を張る八本の親骨は鯨骨。
従来の油紙傘は多数のまっすぐな竹の骨で紙を支えて広げるのに対し、この新しい傘は内側から骨をしならせてその張力を利用するため、少ない骨で布を展開できるのだという。
「……以上が当店の傘の特徴だ」
「ご説明、ありがとうございます。こちらの白い傘を一本いただきます」
一通りの説明を聞いただけで即決したリュウに、ハンウェーも小間使いの童女も驚いたようだった。
「お買い上げの前にお試しいただくこともできますが、」
リュウは童女の申し出をやんわりと制止し、財布を取り出した。
「こちらの傘が素晴らしいことは、ミズ・プロウライトの様子を見ていてよくわかりました。私が改めて試用する必要はありません」
ハンウェーがリュウ自身のことについて何も聞いてこないので、顧客の素性に興味がなさそうだと感じたのだが、そのわりにはチラチラと横目でリュウの顔を盗み見ている。
あまり目立ちたくない。早く店を出たかった。
「そうですか。そのようにおっしゃっていただけるとは、光栄です。お客様が今お持ちの傘の柄に刻まれているのは、魔道的な印でしょうか? マナを込めることはできませんが、一般的な紋章やお名前であれば当店でも刻印を行っております。もしよろしければ無料で承りますが、いかがでしょうか」
小間使いの童女がリュウの傘を指し示すと、それまで控えめだったハンウェーが食いついてきた。
「とても珍しい刻印だ」
「あー……、自分でやりますので結構です。お気遣いいただきありがとうございます」
「俺には読めないが、似たような
リュウは、同郷の者の手がかりを求めて、持ち物に「竜」の一文字を記していた。いつか誰がこれに反応してくれると信じて。
ハンウェーの作る傘の形状から、
「そうですか、ご存じでしたか。それでは次はこちらを見ていただきたい」
リュウは左上腕をハンウェーに向け、皮膚に刻まれた九つの点の集合を示した。
(同じ世界の出身なら、この意味がわかるはず)
だが、ハンウェーは無反応だった。
ただ腕を眺めて沈黙するだけのハンウェーの様子を見て、その返事を待たずにリュウが断定する。
「あなたはこの意味をご存じないようですね」
魔道士の言葉は真実だ。
「会計の準備が整ったようです。ハンウェーさん、このお話はここまでといたしましょう」
「それはそうだが、でもその文字は、」
ハンウェーを遮って支払いを済ませ、リュウは店を後にする。ハンウェーは掘り下げて話したかったようだが、他の客の手前、強引に引き留めることもできず不満げな表情でリュウを見送った。
店から離れ街路樹の木陰で立ち止まったリュウは、プリムラに苛立ちをぶつけた。
「マロリーについて知りたい。知っている限り全ての情報を出さないと許さないぞ」
「あ、俺様系に戻りましたね」
「くだらないことを言わない方がいい。摂政だったということは女王の関係者だろ?」
プリムラは先日の強盗事件の首謀者が女王であったことを知らないので、リュウの不機嫌の理由がわからない。ひるみながらもリュウの役に立とうとした。
「どこからどう話したらいいか判らないんですけど……順番にご説明しますね。まず、女王様は五歳の時に即位されました。まだ子どもでしたから、左大臣であるマロリー様が摂政としてサポートしていました。女王様が十五歳で成人されると同時に、マロリー様は摂政の役割を終えられました。現在、女王様とマロリー様は不仲だというウワサがあります。なぜマロリー様が傘屋に出資しているのか、私は知りません。以上です」
「ありがとう。よくわかった」
「私も魔道士なので、事実を羅列するのは得意です」
プリムラは冗談めかして胸を張った。
「音読調査というのは女王の事業であって、マロリーは関係ないんだな」
「はい。第一次の時はいっさい関わっていませんでしたし、第二次も同じだと思います」
「女王と左大臣は不仲……。ということはあの傘屋も女王とは関係がないのか……」
リュウは声に出して確認する。
(ハンウェーが何者にしろ、この傘が魔道の可能性を広げるのは間違いない。骨の多い従来の傘で複雑な
今すぐ人目につかない場所へ移動して、魔術でマロリー&ハンウェー商会について探りたい。自宅へ戻って作業するか、この近辺に留まるか。迷ったリュウはプリムラに尋ねてみた。
「この辺りに、放棄された空き家があればちょっとそこを使いたい」
「本当に世間知らずなんですね……。ここは王都です。管理の行き届いていない建物なんかありませんよ」
「む」
「だから先輩は私の部屋を使いますよ」
プリムラは断定し、リュウは戸惑いながらも提案を受け入れたのだった。
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