第6話 小説家とそのファン
* * *
プリムラ・プロウライト様
昨日は急な依頼にもかかわらずご助力いただきまして、誠にありがとうございました。
その後のご報告とお礼を兼ねて、ランチをご一緒させていただきたく思います。
また、不躾なお願いではありますが、素敵な傘についてもお聞かせいただけると嬉しいです。
図書館通りかニューキャッスル通りで、お店を選んでおきます。
今週末か来週末の、ご都合の良い日時をお知らせいただければ幸いです。
なお、返信は、私の筆名を宛先指定していただければ届きます。
Mより
* * *
「
対象:この手紙
宛先:カークランド王都デイジー通りベリガン・フラット2号室の郵便受け
リュウは朝一番に手紙をしたため、すぐに送り出した。
言葉で表現でき、
この転送がリュウの得意魔術であった。
片付けができないリュウは、家の中に居住スペースがなくなると、庭に穴を掘ってそこを宛先指定して家中のものを捨てている。とても便利だ。
三分も経たずに、リュウの手元に転送マナの青い光が溢れ、プリムラからの返信が届いた。
(とんでもなく早いな!?)
* * *
メッセンジャー先生
こちらこそ先日はお話をさせていただき、ありがとうございました。ご無事で何よりです。
是非! 是非是非是非是非! ご一緒させていただきたく存じます。
今週の土曜日、午後一時に、図書館通りとニューキャッスル通りの交差点でお待ちしております。
プリムラ・プロウライト
* * *
(異様に早い返事だが、まあ、通信を溜め込まないのは良いことだし、見かけによらず仕事ができるのかもしれない)
リュウはレストランを予約し、プリムラへ返信した。
三日後の土曜日。約束の交差点に十分前に着くと、そこにはすでにプリムラがいた。
彼女は精一杯のおしゃれをしてメッセンジャー先生を待ち構えていた。ヘッドピースもドレスも鞄も靴も、赤と白で統一されていた。もちろん例の赤い傘を携えている。
(テーマパークのキャストみたいな格好だな。これが不自然じゃないんだからさすが王都と言うべきか)
「ミズ・プロウライト、お待たせして申し訳ありません」
(あ、本当にけっこう待ったんだな。いつからここにいたんだろう)
真実のみを述べるという誓約ゆえに、魔道士の会話ではこのような台詞が社交辞令として機能しない。人付き合いの経験を積むうちに、無駄な挨拶をしなくなっていくものだが、リュウはまだその途上にあった。
「先生!」プリムラは顔を真っ赤にしてはにかんだ。「本日はどうぞよろしくお願いいたします」
「こちらこそよろしくお願いします。そんなに硬くなることありませんよ。物騒なことに巻き込んでしまったお詫びとお礼です」
「……」
「何か気になっていますね?」
「先生の印象がこの前と違うなあと思いまして」
「この前と違う?」
「版元小路でお会いした時はもっとこう、俺様系の有無を言わさぬ感じだったというか……。今日は王子様系ですね」
(何を言い出すんだこのガキは)
「今日の先生も素敵です!」
「あ、ありがとう……。予約した店はここから歩いてすぐです。料理もデザートも美味しいんですよ」
たしかに今日は服装を変えていた。華やかな春の王都で食事をするのに、雪原用のブーツと防寒具で来るわけにはいかない。
緊張と喜びで頬を染めたプリムラを連れて歩き出す。
「ミズ・プロウライト、すみませんが店に入る前に一つお願いがあります。僕のことを先生と呼ばないでほしいんです」
魔道具である傘を持ち歩いている状態で、作家を連想させる呼称を使われるのを避けたかった。傘を持たないことも考えたが、身の安全を考えるとそうもいかない。
「わかりました。でも何とお呼びすればいいのかわかりません……」
「お任せしますよ」
「うーん。困りました……。考えておきますね」
レストランに入ると眺めの良い席に通された。中庭に通じる扉が大きく開けられており、整えられた緑が目を楽しませる。シャンデリアの人工的な輝きと、植物の葉を照らす陽光の対比が計算されていた。
運ばれてくる皿も華やかだった。前菜にはカラフルな食用花が散らされている。
「わあ! あたし、こんなに綺麗なお料理いただくの初めてです!」
(そういえば刺身の横についてる黄色い花は食べずに捨てていたけど、あれも食べられたのかな)
リュウの疑問に答えられる者はいない。こうしてふとした時に、異邦人であることを意識して気持ちが沈むことがあった。もう慣れたが、まだ忘れることはない。
無邪気に喜ぶプリムラを少し鬱陶しく思いながら、リュウは先日の出来事をかいつまんで説明した。
転送先が王宮であったことと首謀者が女王であったことを伏せると、言葉で説明できる事実がほとんど削られてしまった。それでもプリムラは素直に受け止めたようだった。
「荷物がちゃんと届けられたのかどうか、気になります」
原稿という単語を使わなかったプリムラの気遣いに、リュウは気を良くした。
「今、ここに来る前に届けてきましたよ」
「よかった!」
報告を終え、いよいよ本題の傘について触れることにした。
丁寧な口調を心掛けたのも、上等なレストランへエスコートしたのも、全てこのための接待だ。邪険に扱って情報を得られなくなっては困る。
「今日お呼びたてした理由は他でもない、その傘のことを教えていただきたいのです」
プリムラはテーブル横の傘立てに置いた自分の傘を一瞥し、目を輝かせて得意気に語りだした。
「さすが先生、お目が高い!」
(おい、先生って言うなよ。さっきの気遣い帳消しかよ)
「これはですね、マロリー&ハンウェー商会の傘です。今ちょっと王都で流行り始めているんですよ」
「八本骨の傘は初めて見ました」
「骨が少ないから軽くて持ち運びやすいんです。今までの傘はハンドルがまっすぐでしたけど、これはステッキみたいにハンドルが曲がっていて、使わない時には引っかけておけるんですよ」
(そうだ。僕はそれをよく知っている。こちらの傘が不便で仕方なかったんだ)
幼くして一人故郷を離れた彼には、和傘と洋傘の区別がついていなかった。昔話や時代劇に登場する古めかしい傘と、普段使う傘の二種類があるということはなんとなくわかっていた。しかし、前者は紙張りで畳んだ時に内側に折り込まれる、後者は布張りで外側に折り畳まれる、といった明確な特徴までは意識していなかった。
真世界の傘は和傘に似ている。その形はリュウには馴染みのないものであったのだが、そもそもこの世界自体に馴染みがないので、深く考えずに受け入れていたのだった。
「骨が少ないので複雑な
「どこで手に入るのか知りたい」
「図書館通りです。歩いて行けますよ! よろしければこの後ご案内します!」
(複雑なことはできないと彼女は言ったが、簡略な術式を数多く連鎖させていく魔術モデルに適していることは間違いない)
その後の食事の味を、リュウはほとんど感じなかった。
早く新しい傘を手に入れたかった。
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