第3話 魔道士であり小説家であるということ

 原稿強盗と対峙する間、リュウは過去の原稿盗聴事件との関連を案じていた。


 真世界オースでは百年ほど前に活版印刷より効率の良い複写魔術が発見され、それをきっかけに出版業が盛んになった。人々は書き綴られた言葉に熱狂し、物語に酔い、感想を語り合う。


 娯楽の花形・小説家の対極にあるのが、労働の要である魔道士だ。


 言葉だけに支配されることを誓約し、真世界オースと契約することによって、人は魔道士となる。マナの力を借り受ける代償として、嘘をつけなくなる。

 魔道士は、大気中に漂うマナを用いた魔術によって、人力を超える仕事を成し遂げる。復元・複写・転送などの魔術によって、農業・漁業・建築・運送などの産業が効率化された。


 魔道士が述べるのは真実のみ。

 ゆえに、魔道士はフィクションを書けない。


 そんな世界で、リュウはメッセンジャーというペンネームを用いて執筆活動をしている。自身が兼業していることを隠すために、出版関係者とは直接会わない。やりとりは全て転送魔術を用いて行っていた。


 出版社側は「メッセンジャーは転送魔術の代行業者を使っている」と勝手に解釈していた。魔道士は小説家になれないという思い込みはそれほど強い。


 盗聴について、最初に異変を感じたのは、二巻の初稿の転送中だった。転送マナの流れに何らかのゆらぎがあった。転送は遮断されなかったのでそのまま最後まで送り終えたが、ゆらぎの正体は判らなかった。


 その後も二巻、三巻の執筆中にはたびたび干渉が続いた。マナに載せて送り出した原稿を、何者かに盗み見られている感触があった。明らかに魔道的な干渉であった。


 四巻はリュウ自身が出版社のポストまで届けに行くことにした。


 リュウの住む雪原地帯から、カークランド王都まで900km離れている。距離が1mであろうと数百kmであろうと、転送魔術のコストは同じだ。大したことはない。


 出版社の玄関に直接移動することは避け、版元小路から500m程度離れた場所に到着するようにした。魔術による転送地点から徒歩で目的地へ向かい、原稿を郵便受けに投函し、別の方向へ再び歩く。往路の転送地点とは別の場所を選んで、復路の出発地点とした。


 この方法で四巻の初稿から決定稿まで数回、トラブルなく運ぶことができた。


 そして今回、五巻の原稿を持って版元小路に踏み入れたところで暴漢に襲われたのだった。


 転送魔術の傍受も、強盗未遂も、狙いは『対抗世界カウンターワールドクロスオーバー』の原稿のように見えた。


(ライバル出版社の差し金か、狂信的なファンの仕業か、原稿を人質にした身代金目当てか、僕のような異邦人が対抗世界カウンターワールドの手がかりを求めているのか……)


 犯人像は全く見えないが、魔道士が関わっているのは間違いない。


 転送先で交戦しないことを祈りながら、リュウはプリムラの魔術に身をゆだねた。

 リュウと男は青い光に包まれて、消えた。

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