第4章 男子禁制85 死者の書と天使
海が昼寝から目を覚ますと母が自分がじっと見ていた。
「どうしたの?」と聞くと「可愛いなあと思って」といって、母がそっと自分の額を優しく撫でてくれた。全身がとても暖かくなった。
「海?」
誰かが自分を呼んでいる。
「海?」
お母さんが額の髪をそっと指で触った。
「お母さん!」
やっぱり生きていたんだ!
続いて、そっと頬を撫でてくれる優しい感触で意識が戻ってきた。海がそっと目を開けると、目の前に天使がいた。髪の毛は黄金色に輝き、肌は白く、透き通るような青い眼差しで自分を優しく見守っている。いつか犬井に見せてもらった、ダヴィンチの「洗礼者ヨハネ」の絵そのものだった。
「大丈夫?」
天使がまたそう問いかけたので、海は黙って頷いた。
「よかった」
天使は安心したように微笑んだ。
「きみの家はこの下?」
海はまた黙って頷いた。次の瞬間、ふわっと身体が宙に浮き、天使に抱かれたまま海は空を飛び始めた。まるで母の腕に抱かれているようでとても居心地がよく、海はまた目を閉じた。
リサはつづら折れの坂を上り国道へと出ると振り返って林の向こうにあるはずの桃屋旅館を見下ろした。
海がここにいるということは、あの女、紫生もここにいるっていうことだわ。わたしの怜だけじゃなく、桃沢桃李までたぶらかそうだなんて、とんだ性悪。怜にあの女の正体を教えてあげなきゃ。
そう思って歩き出したとき後ろから肩を掴まれたので振り向いたリサは、はっと息を飲んだ。
紫生と亜羽が帰宅すると桃屋旅館は少し騒然としていた。
「紫生さん、大変です」
出迎えに来た仲居の一人があたふたしながらそう伝えた。
「どうしたの?」
「海さんが外で転んで気を失われて、奥様が先ほど病院に連れて行って戻られたところです。いま旧館で休んでいらっしゃいます」
「わ、わかったわ。ありがとう」
二人は慌てて旧館の玄関で靴を脱ぎ大急ぎで渡り廊下を渡り、リビングに入ると北欧製の大きなソファに海が横になっていて、そばについている礼子が振り返った。
「海!」
紫生は海のそばに駆け寄り、跪いて顔をのぞき込んだ。
「どうしたの? 転んだんだって?」
「うん」
「坂道でね、派手に転んだみたい」礼子が紫生の背中を優しくさすった。「病院に連れて行ってCTスキャンを取ってもらったけど、擦り傷はあるけど どこにも異常がなかったわ。それで連絡しなかったのよ」
「よかったぁ。ありがとうございます」
紫生は安心して思わずソファの端に顔を埋めた。一呼吸置くと顔を上げた。
「びっくりさせないでよ。よそ見でもしていたの?」
「ううん。リサに追い掛けられたんだ」
思いもせぬ言葉に紫生が黙り込むと礼子がいった。
「さっきからずっとリサに追い掛けられたっていうのよ」
「本当だよ。坂の上にリサが立ってたんだ。僕、追い掛けられて必死で逃げたんだ。リサが生き返ったんだよ」
「海、人が生き返るわけないでしょ」
しかし海は聞き入れない。否定はしたものの自分もリサを見たのだ。やはりリサは生き返ったのかもしれない。そもそも死んでいないのかもしれない。そう思うと紫生の中にも恐怖が芽生えた。
「本当だよ。見たんだ。だから必死で逃げてたら転んだんだ。僕が復活の儀式をしたから」
「なんですって? 海、どういうこと?」
紫生は驚いた。
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