第4章 男子禁制79 魔族であるがゆえに
本番三日前。通し稽古を終えて座敷で休憩していると二人の元に啓介が来た。
「休暇が効いたのか、あの日以来二人ともすっかり動きが良くなったじゃないか。動きもピッタリ合ってきて、見違えるようだ。よくここまで上達したな。
みんな感心しているよ。口には出さないがあの優斗だって認めてる。これなら本番もなんとかなりそうだよ」
啓介はすっかり安心したようにいった。
「根気強い指導のおかげです」と怜がいった。
「いや、きみたちの才能と努力には敬服するよ」
「ありがとうございます」と桃李がいった。
すこし沈黙してから啓介が話し始めた。
「実はきみらを初めて上の工房で見たときわたしは驚いたんだよ。なんていうか、神話の世界から出てきた神の化身のように見えた。頭がおかしくなったと思わないでくれ。
神楽というのは古事記や日本書紀の神話を起源としていて衣装の研究のために多くの神話の絵を見てきた。きみたちはなぜかその神話の中の登場人物と重なるんだ。
神話は作り話じゃない。
昔の人たちが生きていた時代に経験した事実なんだ。根拠のない得体のしれぬ恐怖を感じるのは科学が生まれる前から人間に備わっている能力で、けして無くならない。
どうして我々はきみらのような存在を認めなくなったのか。こんなふうになったのは自分と違う者を認めず排除したり、自分の奥底にあるものを自由に表現することをさせない教育をを受けてきたせいだろうな」
桃李と怜は黙って啓介の話を聞いていた。
「きみらはどこから来たんだい? ただ者ではないんだろう? いや、いわなくてもいいんだ。ただきみらが舞う姿を見て僕の心に浮かんだ思いは事実だと確信したよ。
きみらを信じる者は必ずいる。それはお化けを怖がる人間が絶対にいなくならないのと同じくらい事実だ」
「啓介さん」と怜がいった。「あの化け物はまた現れます。それでお願いがあります」
すると啓介は黙って怜の話にじっと耳を傾けた。そして怜の頼みを聞き終えるとひとこと「やってみよう」と答えた。
いよいよ明日は神楽の本番当日だ。
+++
その夜、桃沢家のリビングで雑誌を読んでいた紫生は、向かいのソファに坐って同じく雑誌を読んでいる亜羽に聞いた。
「明日の神楽、上手くいきますかね」
「あの二人のことだから上手くやるでしょう」
亜羽はさほど心配もせずファッション誌をめくって見ている。たったそれだけでもとても絵になっていて、後光が差すように美しい。
「あの二人って仲が悪いわりによく二人で消えますよね」
「仲は悪くないのよ。ほら、喧嘩するほど仲がいいっていうでしょ? 子供の頃はね、もっと我が家と黒沢家は行き来があったの。
あの二人って子供の頃から身体能力が高いのに学校ではそれを隠してたの。身体能力が高すぎて同年代の子では遊び相手にならなかったから良く二人で遊んでたわ」
「えー、そうだったんですか?」
「うん。桃李は子供の頃テニスをやってたの。素質を買われて全日本ジュニアに推薦するってクラブの先生が申し出たんだけどうちの親が断ったの」
「もったいない。何でですか?」
「だって魔族だもの。容姿ならともかく身体能力の高さで目立つわけにはいかないでしょ」
「ああ」
「でも桃李は子供だったから理解できずに『なんで』って。一晩中両親に泣いて頼んだけど駄目だった。あのときはもうかわいそう過ぎて、桃李の泣き声が聞こえないように耳を塞いで朝まで過ごしたの」
当時を思い出したのか亜羽の声が鼻に詰まっている。
「結局テニスもやめてしまって。うちの両親が桃李に甘くてあの子が我がままになったのはそういういきさつがあるのよ。両親は桃李に負い目を感じているんだと思う。本気でやっていたらオリンピックの金メダルでもグランドスラムでも取れたわよ」
「おばさまが以前『桃沢家にはハンターが一人しかいないから甘やかしてしまった』とおっしゃっていたんですけど、そういうことだったんですね」
「そうなのよ」
確かに紫生と海が初めて桃沢家に来た一年半前は、桃李は今よりもっと生活が荒れていた。しかしハンターになってからの桃李はかなり落ち着いているので、あれは魔族の絶滅の危機とハンターになれないストレスと焦りからだったと思っていたが、それだけではなかったようだ。
「今はハンターになったから自分に自信もついて、鬼退治にエネルギーを集中しているからだいぶマシになったわね。だからね、怜君も似たような人生を送ってきたんだと思う。結局、あの二人にはお互いしかいないのよ」
そういって亜羽はまた雑誌のページをめくり始めた。
それで怜は桃李が神楽に入れ込むのを警戒したんだわ。いずれ諦めなければならなくなるから。
魔族って切ない。紫生は桃李と怜にしか分からない苦悩に想いを馳せた。
***
『MAZOKU Journal #14
魔族であるばかりに諦めなければならないことが多々あるようだ』
***
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