第4章 男子禁制73 不仲な二人と狩りの犠牲者2

「え、いつですか」桃李は驚いた。


「今朝病院に行ったら退院したあとだった。自宅へ戻ったのか転地療養を続けるのか行方を追っているところだ。きみたちには伝えておいた方がいいと思ってね。急いできたんだ。また何かわかったら知らせるよ」


「ありがとうございます」


 姫野が退院できるほど回復したのは良い知らせだが、記憶がどこまで戻ったのかは気になる。桃李の不安を察したのか怜が別の話題を振った。


「玄世様。実はこの前スピリットを取り逃がしたんです」

 そういって怜は神楽の郷での出来事を玄世に話して聞かせた。


「それはフェノメノンかもしれない」と話を聞き終わった玄世がいった。「スピリットなら狂暴だからその四天王の二人はとっくに死んでいるはずだ。

 アバターならもっと簡単に姿を見せる。自己顕示欲が強いからね。けどそいつは場を支配し弄んでいる気配すらある」 


 魔族が退治する魔物には確か三種類あると紫生は以前桃李から聞いた情報を思い出した。スピリットは妬み、嫉妬や恨みなどの人の念。アバタは何かの権化。そしてフェノメノンは現象や憑依だったはず。


「一体何のフェノメノンでしょうか」怜が聞いた。


「優斗さんの話によると最初に誰かがムカデに噛まれたといったね。そのムカデはどうなったんだろう。もし殺したのならムカデの精魂かもしれない」


「え? ムカデが化けて出るってことですか?」と紫生が聞いた。「そんなこといわれたらジーなんて殺せないじゃないですか」


「ジーとは?」玄世が鋭い眼差しを向けたので「ゴキブリの隠語です」と紫生も真顔で答えた。


「初めて聞いたよ」


「アホか。お前は」と桃李がいった。「玄世様の家にゴキブリなんて出ないし、玄世様の周りにGなんていう言葉を使う者はいないんだよ。頼むから玄世様にそんなアホ語を使わないでくれよ」


「いや、勉強になったよ」


「勉強しなくていいですから。アホになるだけです」と桃李。


「いずれにせよ、殺生すれば何もかも化けて出るということではない。ムカデは古来から霊力が強いとされる。ムカデを神としてまつる信仰もあるくらいだ。ただそれだけではなくムカデの精魂が憑依する何かがあったのかもしれない」


「それで力が強まったということですか?」

 怜の問いに玄世が頷き「僕が気になるのは」と続けた。


「その後、誰かを探す声を聞いた人がいるという点だ。ムカデというのはつがいで行動する生き物なんだ。一匹を殺すともう一匹が必ず近くにいて、いなくなったつがいを探して姿を見せる。

 だから一般家庭でムカデを一匹殺したら家探ししてでももう一匹を探して駆除する必要があるんだ。寝ている間に嚙まれたりしたら大変だからね。

 つまり残されたムカデが『何か』に憑依してつがいを探して暴れているのではないだろうか?」


「ちょっと、まず最初の一匹をどうしたかを実里さんに聞いてみます」

 といって怜はすぐにスマホを取り出して実里にメッセージを送った。すぐに返事が来た。


「駆除したそうです。つがいの方は見つかっていないそうです」

「やっぱり」


「だからつまりどうなるんですか?」と紫生が聞くと玄世が答えた。

「まず、何に憑依しているかを突き止めるんだ。そこがフェノメノンの根源だ。また現れるぞ。なんとしても退治するんだ」


 はい、と怜と桃李が力強く答えた。


「ところで神楽の方はどうなんだい?」


 途端に、いやそれは、と二人が口籠るとすかさずプッチが

「二人の息が合わずに崩壊寸前。お互いの失敗を擦り付け合って喧嘩になるから今日も頭を冷やせといわれて帰ってきたのさ」と答えた。


「おい」と桃李がいうと玄世は膝に肘を載せ手を組んだまま下を向いた。笑っているようだ。そして顔を上げると「きみたちが羨ましいよ」といった。


「どこがですか?」と怜が聞くと


「僕はずっと一人だったからね」と答えた。


 それを聞くと桃李と怜は一瞬目を合わせて黙った。


 ところで桃李はすっかり忘れているようだが、亜羽が玄世に憤慨していることを思い出した紫生は、亜羽が帰ってきたらどうしようと気が気ではなかった。

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