第4章 男子禁制64 神楽の郷1

「すいません」と桃李が声をかけると女性が顔を上げて振り返った。泣いていたのか目に涙を溜めている。 

 

 二人はちょっと戸惑ったが

「あの、お取込み中申し訳ないのですが」と怜が言ったので呆れた桃李がチラッと怜を見た。


「いえ、何でしょう?」慌てて涙を拭って女性が聞いた。

「大丈夫ですか?」桃李が聞いた。


「え? ああ、ありがとうございます。大丈夫です、何でしょう?」

「こちらにみのりさんという方はいますか?」怜が聞いた。


「え? わたしですけど」

「ああ、やっぱり。失礼ですけどあなたこの投稿しませんでしたか?」といって怜はスマホ画面を見せた。


「あ・・・」と一瞬口籠ってから彼女は続けた「はい。もしかしてあなた方は秘境クラブの方?」

「そうです」


「わざわざおいで下さったんですか。本当に実在するんですね」みのりは慌てて立ち上がると驚くやら恐縮するやら感激するやらですっかり涙が渇いていた。「わたし、吾郷あごう実里みのりです」


 実里は二十代前半といった年頃で清楚な女性だ。


「黒沢怜です」

「桃沢桃李です。この猫はプッチです」


「まあ可愛い。しかもなんて美しい猫なんでしょう」

 実里にそういわれるとプッチが一瞬誇らしげな表情をしたので

「まるで言葉が分かるみたい」


「ええ。そこそこ理解するみたいです」と桃李が答えた。

「うわあ、お利口なんだぁ」


「早速ですが、いま泣いていらっしゃったようにお見受けしましたが、もしかしてボードに書かれたことと関係がありますか?」


「実はそうなんです」といって頷いた実里の表情はまた曇った。

「聞かせてもらえますか?」と怜がいった。


「はい。どうぞ掛けてください」といって椅子を勧めた。

 三人とプッチは白い丸テーブルを囲んで座った。


「本当に来ると思っていなかったし、妙な噂が立つと困るので所在地をはっきり書かなかったの。それにこんなに若い人が来ると思っていなくて。もっとお爺さんみたいな人だと思ってた」


「僕ら、大学のサークルで活動しているんです」


「それでクラブなのね。わたしの父は吾郷あごう啓介けいすけといって、この工房で神楽の衣装製作を行っている職人なの」といって実里はすぐ横の平屋の建物を指した。神楽かぐらさとという立派な木彫りの看板がある。


「それは珍しいですね」と怜。

「ええ。だんだん人数が減っているから。この地域では神楽団は少なくて夏祭りや秋祭りで奉納神楽をしたりイベントで舞ったりするの」


「近所で神楽団なんて聞いたことないな」と桃李がいうと怜が

「だろうね。だけど神楽団は全国各地にあって地域ごとに舞が違うらしい」


「へえ。神社の秋祭りで見たことがある程度だけど眠くなったぜ」

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