第3章 魔本家への召喚60 桃沢家の危機1

 玄世のいったとおり、紫生が魔族の物語の『書き魔』に選ばれたこと、玄世が桃沢家にやってきたことはあっという間に魔族中に知れ渡った。

 桃沢家はすぐに注目の的になり犬井も礼子も上機嫌だった。しかしそれから三日も経たぬうちに状況は一変した。


 礼子がいつも着物を買う呉服屋の伍代ごだい夫人が来た時のことだ。かなりどっしりとした体型で、初めて夫人に会ったときの紫生の印象は「臼みたいな人」だった。もちろん伍代家も魔族であり桃李はいつも伍代夫人のことを「呉服屋のババア」と呼んでいる。


 伍代家は貂の末裔ではないが、桃沢家とは懇意でしかも伍代夫人は情報通であるから礼子はすでに伍代夫人も桃沢家に「書き魔」がいること、玄世がやって来たことを知っているはずだと思ってどのように伝わっているか知りたがった。


 そのためいつもは伍代夫人が来たら一目散にプッチも桃李も逃げ出すのだがこの日ばかりは伍代夫人の好奇心を大いに満たすためにリビングに留まるように命じられ紫生と桃李も同席し、夫人の話を辛抱強く聞くことになった。


 プッチはキャットタワーの上に身を潜め頭を低くして、狙撃兵のごとく夫人の様子を見守った。


 リビングに入ってソファに座るなり伍代夫人は期待どおりに紫生を見て大喜びをした。もちろん桃李もハンターであるから、桃沢家が羨ましいと褒めそやした。


 ただし、紫生が書いているM&Rのことはまだ知らないようだ。知っていたら黙っているはずがないからだ。それから少しそわそわしながら夫人はいった。


「そういえば亜羽ちゃんは今日はいないのかしら?」

「ええ。まだ大学から帰っていないのよ」


「あらそう。残念。久しぶりに会いたかったわ。この頃は会うたびに綺麗になって、さぞかしあなたも鼻が高いでしょう?」


「あらそうでもないのよ、世間知らずだから。おほほほ」

「またまた。玄世様とお近づきになったんですって?」


「あらやだ。もうご存知?」

「もちろんよ。あなたがた、玄世様に亜羽ちゃんとの縁談を持ち掛けたんですって?」


 途端に礼子の顔から笑みが消えた。


「ちょっと焦り過ぎじゃないかしら。そりゃ桃李君がハンターになって俄然勢いをつけたいのは分かるけど、いくら何でも玄世様と結婚だなんて」


「どういうことか聞かせて下さる?」


 伍代夫人によると桃沢家は娘を玄世と結婚させようとしているしたたかな一家という噂が流れているらしい。


 眷属から成りあがった上に長きにわたりハンターを輩出してこなかった身分の低い桃沢家では十和家とは全く釣り合わない。しかも一家の礼儀もなっておらず無礼であり、玄世に宝石を無心したり、業者の口利きを頼んだ卑しい家族といわれているという。


「もちろんわたしはあなたがたはそんな一家じゃないって噂を聞くたびに否定して回っているわよ。宝石を無心したり、業者の口利きなんて頼んでないわよね?」

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