第3章 魔本家への召喚54 噂の元凶1

 話に夢中になっていたので、誰も亜羽が帰ってきたことに気づかなかったのだ。


「おかえりなさーい」紫生が出迎えた。


「ただいま。怜君いらっしゃい」

「お邪魔しています」怜が答えた。


 そこへ亜羽が戻ったことを聞きつけてすぐに海もリビングに戻ってきた。


「プッチはいなかったよ。亜羽お姉ちゃん、おかえりなさい」

「ただいま。お客様?」亜羽は玄世を見て挨拶をした。


「どうも。お邪魔しています」


 玄世が立ち上がって挨拶をしようとしたが、その前に海が


「亜羽お姉ちゃん、どうしたの? そのスカート」と亜羽の履いている、白い涼し気なロングスカートの裾を指して聞いた。


 左側の膝から下が泥をかぶったように茶色に汚れているのだ。


「あ、ほんとだ。転んだの?」

 紫生が聞いた。


「違うのよ。それがね、帰ってくる途中で街道沿いで生意気な車と小競り合いになったのよ」

「姉貴、またかよ。よせよ。事故でもしたらどうするんだ?」


「冗談じゃないわよ。私を誰だと思っているのよ。向こうの運転が下手だっただけ」


 亜羽のドライビングテクニックは相当なもので、その辺の男性では到底叶わないのだが、桃李は暴走族レディースと呼んでいる。


「じゃあなんなんだよ、その汚れは?」


「いきなり、車が蛇行運転してうっかりハンドルを切ってしまったのよね。幸いほかに車がいなかったからよかったけど、その拍子にホルダーにいれてたアイスティを被っちゃったのよ」


「うわあ、怖い。事故にならなくてよかったですね」


「そうなのよ。でもこのスカート新しいからすっごく頭に来てるの。それがね、さっき上の駐車場の前を通ったら、その車が止まっていたのよ。間違いないわ。

 へったくそなくせに、生意気にマクラーレンGTなんかに乗って。マクラーレンの無駄遣いだわ」


 亜羽の話が進むにつれ、皆の顔から笑顔が消え、代わりに微妙な空気がリビングに漂い始めたが、亜羽だけはそれに気づかず、むしろ話しているうちに怒りが再燃してきたようだ。


「桃李。ちょっと、本館に行って爺にあのマクラーレンGTの客がどんなバカか聞いてきて」

「姉貴、俺、できない」


 桃李は声を絞り出して真顔で首を横に振った。


「何でよ? どんな顔しているか見たくないの? じゃあ、怜君お願い」


「いえ、僕もちょっと」

 怜も唾を飲み込んだ。


「何なのよ。薄情ね。私にこの格好で行けっていうの? じゃあ……」

 といって亜羽が紫生と海を見たとたんに二人は「無理! 無理!」と断った。


「ちょっと! どういうこと」

 亜羽が憤慨すると玄世が聞いた。


「もしかして、お車はアルファロメオですか?」

「はい、そうですけど。どうして……」


「すいません。僕がそのマクラーレンGTの持ち主です」

「何ですって!」


 亜羽は申し訳なさそうにしている玄世をキッと睨みつけた。

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