第3章 魔本家への召喚55 噂の元凶2

「あなたねぇ!」

「姉貴よせ」


 桃李が亜羽を止めようとしたが、間に合わなかった。


「ああ、桃李の友達? やっぱりね。友達でもはっきりいわせてもらうわよ。あなたね、あんなに危ない運転するもんじゃないわよ。私じゃなかったら、猫が死ぬか、私が死んでいたわよ」


「はい。申し訳ありません。考え事をしていたら猫が飛び出してきて咄嗟にハンドルを切ってしまったんです。まさかそんなに危なかったなんて気づかなくて。あの、服は弁償させていただきますので」


「ああこれ? もういいわよ。で、名前は?」

「玄世です」


「玄世君ね。素直に謝ったし、桃李の友達だから特別に許してあげる。え、玄世?」


 リビングが静まりかえった。


「玄世君……って、どこの?」

「魔本家の」


 紫生が小声で囁くと、亜羽はしばらくじっと玄世の顔を見ていたがハッと両手で口を覆った。「本当だ! どうしよう……」


 一年前、桃李がハンターになるための鬼退治をした際、亜羽も桃沢家の地下神殿で玄世に会ったことがある。しかしそのときは玄世はフードに顔を覆われていたし、桃李が死の淵をさ迷っていて混乱のさなかにあったため玄世どころではなかったので顔をよく覚えていなかったのだ。


「もう駄目。わたし、冥界に突き落とされる」


 額に手の甲を当て亜羽がふらつくと海が慌てて亜羽に駆け寄った。


「亜羽お姉ちゃん。行かないで」

 冥界の怖さを知っている海は涙目で訴えた。


「玄世様、姉が無礼なことをいって申し訳ありません」


 桃李が慌てて玄世に頭を下げると、亜羽も紫生も怜も一斉に頭を下げた。玄世は困ったような表情をした。


「やめてくれないか。みんな、頭を上げてくれ。怒るわけないだろう。ましてや冥界に落とすなんて」


 桃李は頭を上げると「よかった」と胸を撫で下ろし、海も安心して亜羽と顔を見合わせた。


 その時、玄世が来ていると聞きつけた礼子が犬井を伴いリビングに入ってきてひれ伏さんばかりに挨拶をした。二人とも本家の筆頭ハンターが桃沢家を訪問したということで完全に舞い上がり、見たことがないほど緊張していた。そしてあっという間にお茶やお菓子が用意され玄世の目の前に並んだ。


 そこへ玄世が来てから姿が見えなくなっていたプッチがリビングに入ってきた。


「プッチ殿。ちょうど良いところへ。玄世様がお見えになっていますのよ。こちらにいらしてくださいな」礼子は上機嫌でプッチに声をかけた。


 プッチは特に急ぐでもなく、いつも通り優雅に歩いてこちらにやって来た。そして玄世のそばまで来て、ピョンとソファの上に飛び乗ると玄世の隣に座った。


「プッチ殿、玄世様ですよ」礼子が小声でプッチに言った。


 プッチは我れ関せずといった感じで、左前足をペロペロ舐めて毛繕いをし始めた。


「あの…玄世様、こちらパルミジャーノ・ディ・プッチでございます」礼子はプッチの態度に辟易しながら玄世に紹介した。


「はじめまして」玄世は自分からプッチに声をかけた。


 するとプッチは前足を舐めるのを止めて、チラッと玄世の方を見た。


「亜羽と付き合いたいなら、まずは旅館の風呂掃除からだぞ」それだけ言うと、また前足をペロペロ舐め始めた。


 全員が埴輪のように口を開けて置物と化した。

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