第3章 魔本家への召喚53 狩りの生き残り2

「いや。思い出してはいない。でも彼女は鬼に襲われた人間の唯一の生き残りだ」

「……」


 桃李は自分が救えなかった姫野が正気を失くし未だに入院していることに胸が痛んだ。玄世は続けた。


「我々を何世代にもわたって追っている人間たちがいる。その連中が彼女に近づいたら大変なことになる。我々魔族の歴史は、その人間たちとの闘いの歴史といってもいい。

 彼らに見つかるたびに魔族は数を減らし、『眠りの時』を迎え、耐え忍んで数を増やし、ギリギリのところで生き延びてきた」


「眠りの時……」紫生は呟いた。今日は何度もその言葉を聞く。


「ああ。僕たちは絶滅の危機を迎えるたびに、一切の狩りを止め、この世から存在を消し、息を潜める。それが『眠りの時』だ。

 どれくらいの長さになるかは分からない。一年か、二年か、三十年か。狩りをしないことは僕らにとっては生きていないのと同じこと。

 それでも先祖たちは耐え忍んで命を繋いできたんだ。その『眠りの時』が近づいていると予言者氏十様はおっしゃっている」


 えっ! と、桃李と怜は驚き言葉を失った。

 二人の動揺が『眠りの時』がいかに重大かつ深刻なことなのかを物語っている。


「きみたちがハンターだから話したんだ。ほかの者にはいうな。家族にもだ」

「はい」


「すっかり怖がらせてしまったかな。脅すつもりで来たんじゃないんだ。魔族を守っていくために、きみたち若いハンターの力が必要だ。是非力を貸してほしい。それが言いたかった」


 もちろんです、と桃李と怜は即答した。


「紫生、そういうわけだから物語の創作期限は我々が『眠りの時』を迎える前までだ。いつとは言えないが遠くない将来その日が来るかもしれない。

 縁起でもないが、万が一に備えるのが僕の役目だ。だから出来れば急いでほしい。そしてこのことを教えたのもきみが『書き魔』だからだ。

 だがその前に少しでもいいから由良様が納得するものを書いてくれ。。そうすれば由良様も納得するだろう。それまできみは『書き魔』候補の一人だ」


「分かりました」


 ミーハー気分だけで出来る役割ではないということが紫生にも十分わかってきた。


 そこまで話すと少し安心したのか玄世はようやくリラックスした表情を見せた。考えたら桃李たちと年齢が五つも変わらないのだ。


「玄世様、魔本家にいて息苦しくないですか?」

 思わず本心が紫生の口をついて出た。


「ふふ。早速インタビューかい?」

「いえ、全然そんなつもりじゃ。思わず聞いてしまっただけで」


「いいんだよ。それがきみの役割だからね。息苦しいはいい過ぎだけど、堅苦しいよ。やれ家柄だの、やれしきたりだの、やれ伝統だのと。きみたちにとってはなおさらだろうね」


 三人とも否定しなかったので、玄世は「正直だな」といって笑った。が、すぐに真顔でこう続けた。


「僕たちは人間を囮にして狩りをしてきた。だが果たして僕たちの狩りは正しいのだろうか? 僕はずっと疑問に思っているんだ」


 玄世様……。紫生は初めて彼に会ったときに感じた温かいものは勘違いではなかったと思った。


「玄世様でも迷いが生じるんですね」

 怜がそういうと玄世は頷いた。


「もちろんだ。魔族を率いていく僕が迷うことは本来許されないのだろうけどね」

「そんなことないです」と紫生はいった。「私、そういう玄世様が好きです」


「ありがとう」


 そのとき「ただいま」とリビングに亜羽が入ってきた。

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