第2章 モモノフvs黒沢会31 いじめ

***

「あ、怜様よ」巴萌が高校のカフェテリアの入口付近を見ていった。当時から怜は「怜様」と呼ばれていた。


「え?」紫生が慌てて振り返った。


 怜は紫生に気付くと軽く手を上げて合図をし、男友達と別れてこちらに向ってやって来て、紫生たちと同じテーブルに座った。ほかのテーブルにいる女子たちがこちらを見てざわついた。


「今週部活来る? 鳩ノ巣渓谷、みんな行きたがっているぞ」

 怜は座るなりそういった。 


 先週二人で下見に行った次の秘境クラブの訪問地のことをいっているのだ。


「ちょっと、私は今週は行けないかも。遅く帰れないの。予定が合えばみんなで行って貰っていいよ。私は一度行っているし、正直また行くのはちょっと」

 家では海が待っているので遅く帰りたくない。


「そうか」

 怜は残念そうに答えた。


 そこへ、クラスメイトの姫野遠子が数名の女子生徒と共にやって来て紫生の前で立ち止まると、突然一枚の紙をテーブルの上に差し出した。姫野はいじめグループのリーダーで、当時紫生はクラス内で酷い虐めを受けていた。


「名藤さん、これ。見覚えあるわよね?」


 姫野は冷ややかな口調でそういった。それは紫生と巴萌のブログをプリントアウトしたものだった。紫生も巴萌も驚いて言葉を失った。


「これ、私のことでしょ?」姫野がいった。


 それは巴萌が最近エントリーした内容だった。塾の席替えでウマが合わない女子生徒と席が離れたことを喜んで報告する内容だった。そういえば先月、紫生たちのクラスでも席替えがあり、それまで席が近かった姫野と紫生は席が離れた。ブログには特に固有名詞も具体的な記述も無かったので、姫野のことだと思えば、そう思うことも出来た。だがそれ以前に、ブログはハンドルネームを使って内緒で書いているので、姫野がこれを持ってきたことに驚いていた。


「違うわ」紫生は否定した。


「あっそっ。シラ切っていれば? いっておくけど、みんなに転送したから。みんないっているよ、酷いって」


 紫生は「みんな」といえば誰もが怖じ気づくと思っている姫野が哀れに思えた。

「みんなって誰? 誰と誰がいったの?」

 紫生が聞くと姫野は一瞬黙った。


「みんなよ」

「一人じゃ何も出来ないからって、そういういい方しないで」

 姫野の顔色が変わった。


「あなたみたいに、クラスで一番嫌われている、一番役に立たない、一番キモイっていわれている人間に、こんなこと書かれる覚え無いわよ!」


 姫野が叫ぶとカフェテリアが静まり返り、全員がこちらを見た。


「私、気持ち悪く無いから」紫生は淡々といい返した。「同じ教室にいても普段は口も訊かないくせに裏ではこっそりネットで人のこと調べて、ブログを盗み読みしているなんて恥ずかしくないの?」


「何が盗み読みよ? ネットなんて誰でも読めるじゃない。ネットは怖いんだからね」

「誰が読むか分からないっていうのは、不特定多数の人の話よ。あなたみたいに特定の人間が読むのは盗み読みよ。たまたま見つけて読んでいるなら『読んでいるよ』っていえばいいじゃない、同じクラスなんだから。怖いのはネットじゃないわ。怖いのはあなたよ」


 姫野は何もいい返せず顔を紅潮させた。


「姫野さん、これは」

 巴萌がそういいかけたとき「もう止めたら?」と後ろから誰かの声がした。


 みんなが振り返ると夏川リサが立っていた。


「リサ」姫野が驚いて言葉を詰まらせた。

 リサは生徒会副会長でさすがの姫野もリサには強くは出られない。


「姫野さん、ちょっといい過ぎなんじゃない? それにいくら腹が立ったからとはいえ、ブログの転送はやり過ぎよ」


 姫野はリサにそういわれると、怒りに満ちた表情でカフェテリアをもの凄い勢いで出て行った。みんなが注目する中、リサは紫生の傍にやって来た。


「気にすること無いわよ」

 リサは紫生に優しく微笑んだ。


「うん」

 紫生が小さく頷くと、カフェテリア内がまた賑わい始めリサは怜の方を見た

「怜、先生が呼んでいるんだけど」

 当時怜とリサは校内で二人はベストカップルと呼ばれていた。


「もうそんな時間?」

 怜は立ち上がり「じゃあ」と軽く紫生に手を上げ、リサと一緒にカフェテリアを出て行った。

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