第2章 モモノフvs黒沢会24 秘密7

 亜羽は桃李の二歳上の姉である。


「お土産があるそうだ」とプッチが続けると

「やったあ」 

 と海は大喜びでプッチの後に続いて「巨人の間」を走って出て行った。


 海がいなくなると、怜は二人に聞いた。


「プッチは、どうしてこの絵のことを一年前まで黙っていたんだろう? あいつの性格なら真っ先にレオナルド・ダ・ヴィンチと友達だってことを自慢するはずなのに。そのことも黙っていた」


「あいつはイタリア時代のことをあまり語りたがらないんだ。過酷な時代だったみたいで。だから俺たちも聞かないようにしているんだ」

 桃李が答えた。


「やっぱりそうか。あいつがいた頃といえばヨーロッパにペストが流行っていた時代だ。猫がペストの運び屋だと思われて、すべての猫が殺されたらしいからな」


「かわいそうに。プッチも誰か親しい家族や友達を亡くしたのかしら?」

「もしかしたらね」桃李が答えた。


「わたしなら、自分の家族を殺されたら許せないわ」


 紫生のその言葉に怜の表情が一瞬強張った。その瞬間、足元に横たわる傷だらけの夏川リサとその両親の惨殺体、そして床一面に広がっていく血の海が脳裏に蘇った。


 怜の様子に気づいていない紫生は「お土産わたしも何だか見て来ようっと」といって「巨人の間」を出て行った。二人きりになると怜の異変に気付いていた桃李は声をかけた。


「大丈夫か? 顔色が悪いぞ」

「あ、いや。大丈夫だ」

「紫生が今いったこと、気にしているのか? リサたちの死は」

「分っているよ。行こう」 


 怜は話を遮り、桃李に続いて部屋を出た。前を歩く桃李に気づかれないようにそっと後ろを振り返ると、やはりそこには血の海が広がっていて、自分に迫っている。一瞬でも気を飲み込まれそうで、それを振り払うように怜は前を向いた。


 桃李と怜がリビングに入ると、紫生と海と亜羽がダイニングのテーブルを囲んでいていて、プッチも椅子の上で立ち上がってテーブルに前足を掛けていた。二人に気づいた亜羽がこちらを見た。礼子に似て色が白く、外出するたびに芸能事務所からスカウトされる絶世の美女である。


「怜君、いらっしゃい~。久しぶりね」

「お久しぶりです」

 怜は軽く挨拶をしてダイニングに向かった。


「ちょうどよかったわ。お土産買ってきたからみんなで食べましょう」


 桃李もジーンズのポケットに手を突っ込んだまま、ダイニングに入ってきた。

「ちょうど小腹が空いたところなんだ。何買ってきたの?」


「たまたまデパ地下に寄ったんだけどね。美味しそうだから買ってきたの」亜羽がスイーツの入った箱を二人の前に差し出して見せた。「じゃーん! イチゴのショートケーキよ」


「いらんわ!」

「無理!」


 二人はダイニングを逃げるように出て行った。


***

『MAZOKU Journal #7 

 秘密の共有というのは時に仲間意識や関係性や絆を強める役割を果たすようだ。陳腐な秘密の存在を匂わせて敢えて周囲に特別な関係であるかのように振る舞う人もいる。微笑ましい限り。しかし深刻な秘密は毒薬にもなり得る。特に家庭の中では』

***

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