第1章 空想少女17 甘い口封じ3
「心当たり、あるの?」
「え、ええ。角を曲がる後ろ姿を見かけたから追っていたら、もう誰もいないとか。声がするとか。実は、さっきも……。やだ、怖い!」
蝶子は急に部屋をキョロキョロと見回し、自分で自分の両腕をさすった。
「でも大丈夫。それを俺たちが退治しましたから」
桃李が答えた。
「退治? 本当に? あなたたち、何者?」
「俺たちその……ちょっと霊感があって。家業でお祓いをしているようなものです」
「家業? 本当に? そんなことできるの?」
「本当です。見ましたよね? さっきの貂を」
「え、ええ」
「ああいうのを使って退治するんだ。もう出ないから、安心して」
怜はまた、囁くようにいって蝶子の頬から首筋を優しく撫でた。
「あ、ありがとう」
「じゃあ、僕たちもう行くよ。閉館だから」
「そうね」
三人は一緒に女主人の部屋を出た。
二人と永井記念館の正面玄関のエントランスフロアまで一緒に降りてきて前を歩いていた蝶子が振り返るといった。
「今思い出した。第一キャンパスに、すごいイケメンの新入生二人がいるって噂をきいたことあるんだけど、あなたたちのことね?」
いやあ、どうかなあ、と桃李と怜は曖昧に答えた。
「きっとそうよ」
蝶子は小首をかしげて小悪魔的な微笑を浮かべた。エントランスまで来ると蝶子がドアを開けてくれた。
「どうもありがとう」と怜がいうと、
「いいえ。また、見に来てくれるんでしょ?」と蝶子は名残惜しそうに、怜を見つめた。
「もちろん」怜は微笑んだ。
「では、失礼します。黒沢君、行こうか」
桃李は取ってつけたように神妙に軽くお辞儀をしてから怜にそう声をかけ、二人で連れだってもと来た道を歩いて、うっそうとした森を抜け、第二キャンパスの門を出た。キャンパスを出たあとも二人は互いに何も話さず、長い塀に沿ってしばらく歩き、車を止めた駐車場に戻った。そして車に乗り込みドアを閉めた途端に、二人は同時に同じ言葉を発した。
「どうだった?」
桃李はジーッと怜を見つめてから「いや……悪くなかったんじゃねえの?」と答えた。
「それはどういう意味だ?」
「どうっていわれても。お前のキスシーンに感想なんていえるかよ」
「は? そうじゃない。アバタだ。どうやって退治した? あだ名は何だったんだ?」
「へ? そっちか。『野良犬』だよ。咄嗟に野良犬みたいに食い意地が張っていたことが頭に浮かんでさ。鼻が上を向いた不細工な犬だか豚だか分からないのに変化して消滅したよ。間一髪だったぜ」
「なるほど。野良犬ねえ。確かに的を得てるな」
怜は納得したらしく、シートベルトを装着してそのままエンジンをかけようとしたので慌てて桃李が止めた。
「おいおいおい。お前の方はどうだったんだよ?」
怜は一瞬真顔で考え込んだのち、ハッと思い出したように
「ああ。彼女、僕たちがあそこでやってたと思ったんだな。そんなふうに捉えるんだと思って驚いた。傑作だったな」といって、楽しそうに笑ってまたエンジンをかけようとした。
「そこじゃないだろう、お前が思い出すべきは」
桃李はニコリともせず真顔でツッコんだ。
「ほかになにか?」怜が真顔で聞いた。
「まあ、照れるなよ。怜君、俺は嬉しいよ。まさかお前が女性にあんな大胆なことができるなんてさ。って、お前、さっき俺の前であの女とキスしたよな。忘れたのかよ」
「ああ、あれか。あれは、最も効果的かつ最短で彼女を黙らせる方法を咄嗟に計算した結果、選択した手段だ。手で口をふさいだら、大騒ぎになって暴行罪にもなりかねないからな」
「お前、やっぱ何か欠落してるな。信じられない。ところで『場』の中でもスマホが通じるなんて驚いたぜ」
「いやあれは一次的に僕が『場』を解いたんだ。場の中は圏外だ」
「え? 解いたって・・・俺が死んだらどうするつもりだったんだ?」
「死ななかっただろう?」
桃李が呆れたように軽く首を左右に振ると、怜は無言で車を発車させた。
***
『MAZOKU Journal #6
全女子学生が注目する中、Rのポルシェの助手席に乗ったのはMだった。二人だけで二キャンに向かったけどそのときの詳細はわたしもまだ掴みきれていない。それにしても恐るべきはモモノフと黒沢会。あの二人を巡る女の争いはますます熾烈を極めるだろう。わたしとしてはとにかく巻き込まれないようにしたい。嫉妬で殺されそうになるのはもう懲り懲りだから。』
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