第1章 空想少女16 甘い口封じ2

 二人が慌てて化粧部屋を出ると、蝶子が「女主人の部屋」の大きな天蓋付きのベットのカバーをめくったり、シーツを触ったりして調べていた。

 怜と桃李はその光景に、ポカンとしてその場に立ち尽くした。


「な・・・にしてるんですか?」


 桃李が聞くと蝶子は腰に手を当てて腹立たし気に二人に聞いた。


「このベッド、使っていませんよね?」


「はあ?」

「今ここで二人で何していたんですか?」

「何って。きみ、まさか僕たちがそこで……」


 怜は驚きのあまり絶句した。


「してたでしょ。隠しても無駄よ。二人ともシャツの胸がはだけて、髪を振り乱して、汗ばんでいるじゃない」

「いや。それは…」

 怜はいい淀んだ。


「ボーイズラブに偏見はないですけど、重要文化財施設で行為に及ぶなんて、論外よ。大学に連絡します」


 蝶子はくるりと背中を向けると足早に部屋を出ていこうとした。慌てた怜は桃李に「これじゃサークルの公認が取れなくなる」と小声でいい「ちょっと。待って」と蝶子を呼び止めた。


 蝶子が振り返ると、目の前に二メートル近くある真っ白なフェレットのお化けみたいな獣が坐っていて、お尻から伸びた九本の尻尾を犬のように振っていた。瞳は真っ黒で潤んでいて、顔も愛くるしかったが、何しろ巨大な上に突然の出来事なので、驚いて叫び声をあげそうになった蝶子の唇を怜の唇がふさいだ。


 桃李と白檀は驚いて顔を見合わせ、そのまま二人の様子を呆気に取られて見つめた。


 最初抵抗を試みた蝶子だったが、怜に抱き寄せられるとやがておとなしくなり、怜がそっと離れるとうっとりとした表情で怜を見上げて見つめた。


「お願いだ。大声を出さないで。話を聞いて」怜が甘く囁いた。

「話?」

「正直に話します。実は俺たち、心霊現象を調べていたんです」


 すかさず桃李が説明した。蝶子が桃李の方を見ると、そこにはもう怪獣はいなかった。


「あれ?」と蝶子は部屋の中を見回した。

「あれは僕のしもべの貂です」

「しもべ? テン? はあ」

 蝶子にはもうわけが分からない。


「心霊現象っていった?」

「はい。ここに心霊現象が起きるという書き込みを見てきたんです。僕ら、大学で秘境クラブというサークルに所属していて。その……、ミステリィとか怪奇現象を調べたり、秘境を訪ねたりする冒険サークルみたいなものなんですけど」

「この部屋に何かいたの?」


 少し頬を引きつらせながら蝶子は聞くと、桃李と怜は目を合わせた。


 怜が無言でうなずいたのを合図に桃李が「ええ、まあ。ちょっとしたものが」と認めた。


「何? 何がいたの?」

「なんていうか、苺好きの女の妖精……の食い意地が張った怖いやつ。腕力もまあまあだったかも」


 それを聞くと蝶子は、あっ、と声を出さずに口元を動かした。それを怜は見逃さなかった。

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