第1章 空想少女15 甘い口封じ1
「あ、ツレが転んだかな」
怜が慌ててそういったが女性は不信感を抱いたのか化粧部屋に向かおうとした。
「きみも素敵だ」
怜は女性の前に立ちふさがった。
「え?」
「ヴェルサイユ張りのことを知っている女性はなかなかいなくて」
怜が女性をじっと見つめると、女性は頬を赤らめてうつむいた。
「今日は時間が無くて全部見切れなかったから、近いうちまた見に来ようかな。そのときあなたに案内してほしいんだけど」
「もちろんです。来るとき連絡してください」女性はポケットから名刺入れを取り出すと名刺を取り出して怜に差し出した。
受け取るとそれは個人的なカードでZ大学 文学部三年
「ありがとう」
「あの、あなたのお名前をお伺いしてもいいですか?」
「黒沢です。黒沢怜」
「クロサワレイ。素敵な名前」
そのときまた化粧部屋から「この野良犬がぁ!」と叫ぶ声が聞こえたと思ったら、キャイーンという犬の悲鳴のような鳴き声がして静かになった。
驚いた蝶子が怜の脇をすり抜け化粧部屋に小走りで向かい、「待って!」と怜が止めるのも聞かずにそのまま化粧部屋に入っていってしまった。
クソっ! と怜も慌てて化粧部屋に駆け込むと蝶子が入口で立ち止まっていて、危うく後ろからぶつかりそうになった。蝶子の足元には、シャツの胸元が大きくはだけて髪を乱したまま、左手で片肘をついて床に横たわったまま片膝を立て、肩で呼吸をしている桃李がいた。
「どうも。桃沢桃李です」
桃李は右手に持ったスマホを軽く持ち上げて挨拶をした。獣が食い散らかしたスイーツも、割れた皿も、ひっくり返ったテーブルもすべて消えていて、床には桃李以外なにもなく、美しく装飾された貴婦人の化粧部屋があるだけだった。
「何して……いるんですか?」
蝶子はガランとした室内を見回しながら、恐る恐る聞いた。
「ちょっと電話を」
「寝転がって?」
「気持ちよさそうな床だったもので」といって床を撫でた。「ヴェルサイユ張り?」
桃李はゆっくり起き上がるとそのまますっと立ち上がり、開いていた胸元のシャツのボタンを閉じた。その様子を見た蝶子はハッとしたように後ろにいる怜と桃李を交互に見比べた。
「あなたたち、もしかして……」
怜と桃李の顔が緊張で強張った。
「何?」桃李が聞いた。
蝶子は何も答えずに化粧部屋を飛び出していった。
「まずい! バレた」
桃李が小声で囁くと、怜もすぐに頷いた。「逃がすな!」
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