第1章 空想少女14 恋の予感2
「やばい。桃李、誰か来る気配がする」
怜が化粧部屋の入口の方に目をやりながら桃李に伝えた。
「マジかよ」
そのとき、コンコンと「女主人の部屋」のドアを誰かがノックする音が聞こえた。
「間違って『場』に入り込んで狩りを見られたらまずいぞ。殺さなきゃいけなくなる。何とかしろ、怜」
「分かってる」
桃李はやっとの思いでジーンズの後ろのポケットから出ていた白い毛のボンボンチャームを外して宙に放り投げた。瞬く間に宙に白檀が現れ床に着地すると、アバタに向かって火を噴いて威嚇した。
アバタが炎でひるんだ隙に怜は「桃李、少し一人で踏ん張れ」といい残し、スーッとブレードを引っ込めると桃李たちを残し、化粧部屋を出て行った。
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怜が髪とシャツの乱れを直しながら「女主人の部屋」に入ると、二十代前半の女性が入口に立っていた。怜を見ると女性はハッとしたような表情を見せ、すぐに微笑んだ。
「ご見学中、申し訳ありませんが、そろそろ閉館時間ですので」
「ああ、そうですか。すいません。見るのに夢中になっちゃって。もうそんな時間ですか」
怜がにっこり笑いかけると女性もつられて笑みを浮かべ「はい。五時半閉館なもので」と答えた。
「意外に見ごたえがあって、驚きました」
女性を化粧部屋から遠ざけるために、怜は自分の方からさり気なく女性の方へ近づいて行った。
「ありがとうございます。ここの土地の所有者だった永井家の迎賓館をそのまま残してありまして、調度品も当時の贅を尽くした価値のあるものが多いんです」
「ああそれで。この寄木の床なんて最近では見ないですよね。ヴェルサイユ宮殿と同じだ。ハハハ」
怜は足元の床を見下ろして、足で床をつついた。
「まあ、お詳しいですね。そうなんです。これはヴェルサイユ宮殿の『王の衛兵の間』の床と同じ作りになっていまして、通称『ヴェルサイユ張り』と呼ばれているんですよ。こういうのお好きなんですか?」
「ええ、好きですね」
「そうですか。この女主人の部屋とあちらの化粧部屋は永井家の代々の女主人が使ってきた部屋なんですよ。女性が好きそうなお部屋でしょう?」
「そうですねえ。壁紙がウィリアムモリスだ」
怜は背後の化粧部屋の様子をちらちら気にしながらいった。
「まあ、なんてよくご存じなんでしょう」
女性は胸に手を当てて感激して目を輝かせた。
「化粧部屋のテーブルの上のビードロ鏡はご覧になりました?」
「あー、あの古い鏡ですね。え、いや。まだよく見てないな」
「では是非、見て帰ってください。日本に二枚しかない鏡なんですよ」
「じゃあ、それを見たら帰ろうかな」
「是非是非。こういうの分かってくれる人って、なかなかいなくて。あの、Z大の学生さんですか? 私もなんです」
「ええ。キャンパスは違いますけど」
「へえ。モデルさんとか俳優さんかと思いました」
「いやあ、そんな馬鹿な」
怜は照れ臭そうに否定した。
「いいえ。本当です」
女性は熱い視線を怜に送った。そのとき化粧部屋から、ドスンという人が倒れるような音が聞こえた。
「あら?」
女性は我に返ったように真顔に戻り、化粧部屋への入口を凝視した。
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