第1章 空想少女12 アフタヌーンティーは怖いよ2

 咄嗟に怜が自分の手から光の刃を出し、女の身体を壁に押し付け動きを封じたため、桃李も止まった。しかしそのせいで怜の両手がふさがり、スマホを床に落として使えなくなってしまった。女はすぐに態勢を変え、怜のブレードに抑えられたまますさまじい力でまた桃李を自分の方に引っ張り寄せ始めた。


「ぐわーっ!」と桃李がブレードを引っ張り返す唸り声が部屋中に響いた。

 すると館内に蛍の光が流れ始めた。


「やばい、閉館だ。人がくるぞ」

「何とかしろ、怜!」


 一瞬考えた怜は、床に落ちているスマホに向かって「ヘイ、シリ!」と叫んだ。スマホが光って『ゴヨウケンヲ、ドウゾ』という答えが返ってきた。


「桃屋旅館に電話して」

『モモヤリョカン、デスネ』


 発信音が鳴るとすぐに『お電話ありがとうございます。桃屋旅館でございます』という元気のいい女性の声が応答し、続けざまに『おかげさまで桃屋旅館は今年で創業六十周年を迎えました。全室スイートで今日も元気に営業しております』と口上を述べ始めたので桃李が「なげぇよ。爺に変わってー!」とスマホに向かって叫んだ。


『もしもし? 桃屋旅館でございます。ちょっとお声が遠いようなのですが』

「桃李だぁ!」


 桃李が歯を食いしばりながら、さらに大声で呼びかけた。


『もしもし、桃李様ですか?』

「そうだ。爺に変わって」


『え? 声が遠いのですが。桃李様?』

「爺に変わってぇ」


『犬井さんですね。お待ちください』


 ビバルディの四季のメロディがしばらく続いてから初老の男性の声が電話口から聞こえた。


『もしもし、坊ちゃんですか?』

「爺! アバタの退治方法を教えてくれ」


『坊ちゃん。ちょっと声が遠いのですが。私の耳が遠くなったのですかねえ。坊ちゃんがこちらに電話なさるなんて珍しいですね。今日は何時にお帰りですか?』

「教えてくれないと、二度とうちに帰れなくなるんだよ!」


『帰れなくなる? また何かしでかしたのでございますか? もう爺は奥様をとりなすのは嫌でございますよ。アリバイ工作とか、隠ぺい工作とか、口裏合わせとか、別れる口実を考えるとか、居留守の対応をするとか』

「爺。違う。ア・バ・タの退治の仕方を教えてくれ」


『ああ、アバタ? 一体何をなさっているんですか?』

「鬼退治に決まってるだろが!」


『それは失礼しました。おつとめご苦労様でございます。アバタはですね、あだ名をつけて下さい』

「あだ名? それだけ?」


『はい。そうすれば成仏します』

「花子!」


 桃李は女にそう呼び掛けた。

 しかし化け物は消滅せず、じりじりと桃李が女に引っ張られて距離が縮み始めた。


「爺、駄目だ!」

『あ、そのアバタに合ったあだ名でないと駄目でございます』


「桃李、急げ!」

 女を抑え込んでいる怜が叫んだ。


『その声は、怜様ですね。怜様もご一緒なのですか? でしたら是非ご夕食にご招待ください。でないと私が奥様に叱られます』

「苺ちゃん!」桃李が叫んだ。


 アバタの力は全く弱まらず、二人はアバタの手が届きそうなところまで引き寄せられた。

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