第1章 空想少女11 アフタヌーンティーは怖いよ1

 桃李と怜は顔を見合わせると目で合図しあって、一旦、化粧部屋を覗くのを止めて、二人で女主人の部屋の隅に移動した。すぐに桃李が小声で聞いた。


「あれは何だ? まさか本当にティーパーティをやっているのか? 部屋間違えたとか? ここの住人?」

「そんなはずはない。ああ見えてスピリットだ。にしても、だいぶ女子力の高いスピリットだな」


「鬼に女子力なんてあるのかよ。つまりあれはなんだ? イチゴのスピリットか?」

「いや、分からん。でも油断するなよ。女と一緒だ。見かけに騙されるな」


「じゃあ後学のために、怜、お前が行けよ」

「お前の方が得意だろう。お前が先に行け。急げ、閉館時間が近いぞ」


 時間を調べるとすでに五時十分だった。


「なんだよ。もう」

 桃李はブツブツいいながらも再び女主人の化粧部屋の入口に向かい、そのまま何食わぬ顔で化粧部屋に入った。

 怜はその様子をスタッフが来ないか廊下の気配も伺いつつ、化粧部屋の入口から見守った。


 桃李が入ってきたにもかかわらず、相変わらず女性は静かにというよりは一心不乱にイチゴのババロアを美味しそうに食べ続けている。色白で胸元にフリルのついた清楚なワンピースを着て、どこから見てもお嬢さま風である。


 まさか、スピリットじゃなくてイチゴの妖精じゃあるまいな?

 桃李は、本当に退治していいものやら迷い始めた。


「あのう…」

 思い切って話し掛けてみた。

 それでも女性は桃李に気づきもせず、今度はイチゴのタルトを食べ始めた。

「すいません」


 もう一度桃李が話しかけると、女性はようやく桃李に気づいた感じで手を止めてあどけない表情でこちらを見た。目もパッチリしていて可愛い。


「はい。何かご用ですか?」


 やっぱイチゴの妖精だろう、この子は。


「美味しいですか?」

 思わず優しく問い掛けてしまった。


 すぐに背後から「馬鹿か! お前は」という怜の囁き声が聞こえた。


「こっちのマカロンなんかも美味しそうだね」

 桃李がカットされたイチゴが乗ったピンク色のマカロンをさしてそういうと、女性はマカロンをチラッと見て、こう答えた。


「どうかしら。好きじゃないから食べない。私、食べ物で後悔したくないの」


 そういって今度は、イチゴのフルーツサンドをつまんで食べ始めた。随分食い意地が張ってるな、とは思ったものの

「ああ。マカロンは好きじゃないんだ。俺もなんだ」と桃李は答えた。


 しかし女性は反応せず、フルーツサンドを食べ続けた。桃李は部屋の入口にいる怜のところに速足で戻ると

「信じられない! やっぱりあれはスピリットだ。俺を無視するなんて、あり得ない」

 と、腹立たし気に訴えた。


「いいから早くしろ。もう五時十五分だぞ」

 怜はイラっとして退治を促した。

「念のために聞くけど、イチゴの妖精ってことはないよな?」

「ない。早くブレードで裂け」

「分かってるよ」


 そう答えると桃李は部屋の中央に戻り女性にまた話しかけた。


「あのう。ここはあなたの居場所ではないんだけ」

「食事中ですけどっ! わたしは!」


 いきなり女性が声を荒げた。まるで食器を動かそうとしたら、餌をとられると勘違いして反射的に咬みついてきた犬のようだ。その瞬間桃李が手を伸ばし、その指先から鞭のようにしなる光が飛び出てテーブルの上にあったケーキスタンドを弾いて倒した。すぐさま女性は立ち上がり、桃李の方に向かって軽々とテーブルをひっくり返して盾にするとテーブルの向こうに隠れた。


 食器が床に落ちて割れる激しい音が部屋中に響き、スイーツが床に散らばったが桃李は構わずまた光の刃でテーブルの半分を横に切り裂くと、円卓の上半分が手前に倒れてきてその向こうから、髪を振り乱した女が目を吊り上げ、四つ這いになって大口を開けて襲い掛かってきた。長く伸びた光の刃で桃李が切り裂こうとしたが、女はそれを両手で受け止め、逆に桃李がブレードごと床に倒された。


「何でだ。こいつ、ブレードが効かない」

 桃李が素早く起き上がると、一旦女から離れて距離を取った。


「桃李。そいつはスピリットじゃない。食い意地の権化。アバタだ!」怜が叫んだ。

「アバタ?」

「一旦、ブレードで捕獲しろ」

「わかった」


 桃李は光の鞭で輪を作ると、輪投げのようにして逃げる女の首に光の縄をかけて女を補足した。


「ブレードですぐに裂けないんだったら、どうすりゃいい?」

 桃李は逃げようとする女と光の綱引きをしたまま叫んだ。

「ちょっとまて。ウィキペディアで調べる」 

 怜は冷静に自分のスマホを取り出して検索し始めた。


「ふざけるな! すぐ教えろ! すごい馬鹿力なんだよ、こいつ」

「そうか」怜が顔を上げた。

「早く教えろ! どうすりゃいいんだ?」

 桃李は歯を食いしばった。


「実は俺も知らないんだ。アバタはまだ退治したことがない」

「嘘だろ! 誰かに聞け」

「両親は飛翔と一緒にヨーロッパに行っているんだ。そのせいで誰も家にいない」

「じゃあ、俺の家に電話しろ!」


 そのとき女がワンピースの裾がビリッと破れるほど大股を広げて足を踏ん張り、光の綱を両手でじわりじわりと手繰り寄せ、桃李を少しずつ自分の方に引き寄せ始めた。踏ん張ろうとしたが、足元のカーペットがずるっと動いた弾みでバランスを崩した桃李は「うわーっ!」という叫び声とともに、一瞬で口を開いて待ち受けるアバタの元に引っ張り込まれた。

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