その晩、私はカレーライスを三人分作った。料理は苦手で、普段は納豆ごはんしか食べない身としては、かなり頑張った方だと思う。料理をせっせと手伝ってくれた洋介くんは、美味しい、としきりにほめてくれた。永遠子は食事をとらなかった。ただ、洋介くんが食事をしている間、彼の隣に座ってぼんやりしていただけで。

 食事を終え、順番に風呂に入った。これも、普段は面倒くさくてシャワーで済ませているのだが、冬の日にそんなことをさせて、子どもに風邪をひかせでもしたら困るから、わざわざ湯をためた。永遠子は洋介くんと一緒に風呂に入った。私は洋介くんが着られそうなパジャマ代わりの服を探しながら、自分は幾つまで母親と風呂に入っていただろうかと考えた。結局年齢は思い出せなかったけれど、そもそも私の母親は、永遠子のようにうつくしい女ではなかった。

 風呂上り、私のTシャツに半ズボンを腰に引っ掛けた洋介くんは、美味しそうに麦茶を飲んだ。永遠子は、やはり麦茶も口にしなかった。具合が悪いのか、とか、食事をとらないと身体に悪い、とか、永遠子を案じる台詞を吐くのは嫌だった。それは、ここまで都合よくつかわれている私の、最後の意地として。

 布団は、客用のものがなかったので、夏用の布団を私が使うことにした。リビングに布団を敷くのを、洋介くんが手伝ってくれた。永遠子は、部屋の隅に立ってこちらをぼんやり見ていた。

 「寒くないですか?」

 布団の薄さを確かめるように手を触れた洋介くんが、心配そうに私の顔を覗き込んだ。

 「大丈夫よ。この部屋には暖房があるから。……寝室の方が、暖房が無くて寒いのよ。ちゃんと布団に入って寝るのよ。」

 はい、と、洋介くんは人懐っこい頬で笑ってみせた。私は彼の顔を正面から見られなかった。彼があまりに永遠子に似ている上に、素直で子供らしかったから。 ……そんなのは、ずるい。

 「おやすみなさい。」

 洋介くんは礼儀正しく言って、永遠子の手を引いて寝室へ行こうとした。けれど永遠子は、その手をそっと離させた。

 「私は久子さんと話があるから。洋介は先に寝てなさい。」

 びくり、と、私の肩は大げさに揺れたはずだ。洋介くんはそれに気が付かないまま、にっこりと微笑んだ。多分、彼は、母親が友人と旧交を深めることを望んですらいたのだろう。だから私はその場で永遠子を追い払うことができなかった。いや、それは言い訳だろうか。私が永遠子を追い払えなかったのは、ただ永遠子に触れたいと、まだ永遠子と離れたくないと、あの頃のように爪を溶かしていたせいかもしれない。

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