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その少年は、見れば見るほど本当に永遠子の息子らしかった。真っ黒い髪や、抜けるように白い肌、切れ長の目が、永遠子にそっくりだったのだ。彼は、ただじっと彼を見上げるしかできない私に、辛抱強く手を差し伸べていた。
「……ありがとう。」
小さな手を取って立ち上がりながら、渋々、という感じの声にならにように、慎重に発した声は、それでもやはり、警戒しきった響きかたをした。私は、永遠子の息子だとかいうその少年に、心底警戒しきっていたのだ。だって、永遠子の息子だ。彼のどんなに小さな動作や言葉すら、ぐさりと私の心臓を刺しかねない。
けれど少年は、礼儀正しく頷いて、ひっそりと微笑んだ。それは、随分と大人びた表情だった。見たところ、骨のまだ細い、8歳くらいの男の子でしかないのに。
「……名前は、なんていうの?」
私は自分の警戒心を詫びるみたいに彼に話しかけた。彼は、にっこりと歯を見せて笑った。前歯が一本、抜けて生え変わりかけていた。
「洋介。」
「そう。」
「あなたは?」
「……久子。」
「久子さん。」
確かめるように私の名前を口にした洋介くんは、困ったように眉を少し寄せ、ごめんなさい、と軽く頭を下げた。ほどけたマフラーの端が、ひらひらと彼の胸元で揺れた。
「……なにが、ごめんなさいなの?」
私は子供の扱いに慣れていない。躊躇いながら訊き返すと、彼は永遠子によく似た両目にくっきりと私を映し、静かに瞬きをした。
「お母さんが、急に来て。びっくりしたでしょう?」
びっくり、した。心の底から驚いた。自分の内面、奥深くに沈めて見て見ぬふりしてきたどろどろしたなにかが、ひとの形をして追いかけて来たみたいで。
私は少しだけ泣きそうになって、慌てて彼から目をそらした。だって、彼はあまりにも永遠子に似ている、
「……大丈夫よ。」
「本当に?」
「ええ。」
本当は、なにも大丈夫ではなかったけれど、ちょっとうっかりしたら、正気すら失いそうだったけれど、この子供にそんなことを言えるはずもない。私はうんと腹に力を入れて、永遠子が勝手に入って行ったリビングに目をやった。
「……あなた、僕のお父さんではないよね?」
妙にぎくしゃくした声で、唐突に洋介くんが言った。私は耳を疑って彼を見た。だって彼は随分と大人びていて、そんな荒唐無稽なことを言いだすようには見えなかったのだ。
視線が合うと、彼は恥じるように目線を伏せた。黒い髪から覗く白い耳たぶの先は、ほの赤く上気していた。
私は一瞬、私があなたのお父さんよ、と言いかけた。それくらい、少年はひどく真摯な顔をしていたのだ。この子は、父親を知らない。そして、初対面の女にも、そんなことがありえないことは分かっていながら確認してみないでは済まないくらい、それを求めている。
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